ウェザーニュース 関東でも、週中頃から秋の空気が南下して、気温の下がる所が多くなる見込みです。東京都心の気温を見ると6日(火)から低くなる予想で、最低気温13℃は10月下旬頃の気温に相当し、かなり涼しい朝となりそうです。 朝晩と昼との寒暖差に注意して、体調を崩さないようにしてください。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
マンション火災で男性意識不明(産経新聞)
4日午前0時15分ごろ、大阪府高槻市大畑町のマンションで、「煙センサーが感知している」と警備会社から119番があった。11階建てマンション1階の一室が燃え、住人とみられる男性が病院に搬送されたが、意識不明の重体。 大阪府警高槻署によると、室内は居間付近を中心に焼けており、男性はトイレで倒れていた。発見時には心肺停止状態だったという。同署は詳しい出火原因などを調べている。 現場はJR摂津富田駅前で、周辺には商業ビルなどが並んでいる。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
動画解説 関東、午後にかけてニワカ雨注意(ウェザーニュース)
ウェザーニュース 今日は雲優勢でスッキリしない空。朝からニワカ雨の報告が届いていますが、午後にかけてもニワカ雨の可能性があるので折りたたみ傘があると安心です。日差しが乏しくても寒さは控えめで過ごしやすい体感になります。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
アパートで刺され死亡 23歳息子か“口論になり…”(テレビ朝日系(ANN))
All Nippon NewsNetwork(ANN) 東京・練馬区のアパートで60代くらいの男性の背中などを刃物で刺して殺害しようとしたとして、息子とみられる23歳の男が現行犯逮捕されました。 自称・無職の久住佑太容疑者は3日午後9時ごろ、練馬区中村のアパートの一室で60代くらいの男性の背中や腹などを刃物で数回刺して殺害しようとした疑いが持たれています。男性は病院に運ばれましたが、死亡しました。警視庁によりますと、久住容疑者はこの男性と同居していた息子とみられていて、男性と口論になって包丁などで刺したということです。取り調べに対して「父を殺して自分も死のうと思った」と容疑を認めています。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
陸自訓練で女性隊員22人感染 クラスターではない?(テレビ朝日系(ANN))
All Nippon NewsNetwork(ANN) 陸上自衛隊は朝霞駐屯地での訓練に参加した20代の女性自衛官22人が新型コロナウイルスに感染したことを明らかにしました。 朝霞駐屯地では7月ごろから各地の部隊から参加する訓練が行われていました。先月末に訓練を終え、所属部隊に戻ってから感染が判明しました。所属は北海道、岩手、東京、静岡、佐賀、熊本、沖縄など各地に及んでいます。また、千葉県から参加して感染が判明した女性隊員の家族の20代の男性隊員も感染したということです。陸上自衛隊によりますと、駐屯地を訪れる人が自衛官らに限られることなどから、保健所からクラスター認定はされていないということです。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
いつまで被災者なのか 震災から10年、揺れるその定義
来年で東日本大震災から10年。この間、「被災者だから」「被災者なのに」といった言葉をたくさん見聞きし、使ってきた。復興が曲がりなりにも進み、「もう被災者じゃない」と言う人もいる。ここらで一度立ち止まり、考えてみよう。「被災者」って誰? ◇ 「いつまで被災者か」。最近、行政担当者から聞くようになった言い方だ。住宅の再建がほぼ終わり、国からの手厚い財政措置は来年度からは細る。被災者支援策は福祉などの一般施策にいずれ移行すべきだ、との考えがにじむ。被災者担当の専門部署を廃止する自治体も、相次いだ。 岩沼市で被災し2015年から仙台市太白区の災害公営(復興)住宅で暮らす飯塚正広さん(59)も、少し前までそう考えていた。復興住宅は一般入居者が増えている。共存しつつ、被災者も「市民」に戻る時期が来ている、と。 ところが昨年、妻が急死し、自身は心の病をわずらった。振り返れば、震災以来の疲れが心身にずっしりとたまっていたのだ。「後戻りしてしまった僕のように、助けを求める被災者が見えないところで埋もれている。『復興住宅入居者』といった一くくりでなく、個々に応じた支援が必要」と話す。 ◇ 政治家は「被災者の皆さんに寄り添って」と、口では言い続けてきた。 河村和徳・東北大准教授(49)は「政治学からみれば、復興とは、被災者と非被災者のはざまで、『少数決』がどんどん難しくなる過程だ」と言う。どういうことなのか。 県や市といった自治体単位でみると、必ずしも全住民が直接・間接的被害を受けたわけではない。ただ災害直後は非被災者も、復興政策を進めることに同意する傾向が強いという。だから政治家は選挙で多数の支持を得ようと、復興を声高に訴えた。 だが暮らしの再建が進むにつれ、自分は被災者と思う人は減り、非被災者の中からは、「もう被災者支援はいい」と考える人が現れる。多数決に基づき、政治の争点は「ポスト復興」に移ってゆく。「選挙のたびに震災は風化する」と、河村さんは指摘する。 本当はいま政治を必要とするの… 【10/13まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
青い鳥がおみくじ引いて幸せを 千葉・八坂神社の巫女鳥
青い鳥がおみくじを引く――。そんな神社が千葉県東金市にある。ミニチュアの鳥居をくぐり、くちばしでつついて小さな鈴も鳴らす。「幸せを運んできてくれそう」と人気者だ。「巫女(みこ)鳥」のかわいらしい動きが、参拝者たちを笑顔にしている。 杉やイチョウの大木に囲まれた八坂神社で、青い鳥は雌のマメルリハインコ「あじさい」。宮司の中嶋祐子さん(32)と暮らしている。空色の羽根が花のアジサイに似ていることや、「神社を真心が集まる場所にしたい」という意味を込めた中嶋さんの造語「集社意(あじしゃい)」から名付けた。 中嶋さんはおみくじのために精巧なミニチュアの神社を準備した。鳥居、さい銭箱、鈴、そして扉のついた棚。すべてあじさい用で、知人の手作りだ。 あじさいにおみくじを引いてもらうと・・・ 実際におみくじを引いてもらった。 「あじさい!」 中嶋さんに名前を呼ばれると、ちょこちょこと歩いて鳥居をくぐる。小さな鈴をくちばしでつついて「リンリン」。小銭に見立てた丸い木片をくちばしではさんで、さい銭箱に落とした。 さらにひょいと跳んで、おみくじの入った棚の前へ。少し開いた扉から首を突っ込み、おみくじを一つくちばしで挟む。パタパタと跳んで中嶋さんの手に乗り、おみくじを渡してくれた。 「よしよし」と声をかける中嶋さん。あじさいはご褒美のヒマワリの種をもらって満足げだ。 どのおみくじを選ぶか迷うこともあるそう。おなかがいっぱいだと成功率が下がる。次に何をしたらいいか分からなくなったようなしぐさを見せることもあるが、それもかわいらしい。 あじさいは2016年3月に中嶋さんが市内の小鳥の専門店で一目ぼれし、「家族」になった。おみくじを引くようになったのは、インターネットで同じようなことをする動画を見たのがきっかけ。 「インコは賢い。あじさいにも教えてみたい」。そう思って教え始めた。なかなか成功しなかったが、練習の成果で、3回に2度はできるようになった。 普段は家で過ごし、巫女ならぬ「巫女鳥」として時々、中嶋さんと神社にやって来る。おみくじを引くほかにも、気が向けば、「お手」や、くるりと回る芸なども参拝客に披露する。 中嶋さんは「あじさいは食いしん坊で、ヒマワリの種につられて芸事ができるようになった幸せな鳥。おみくじを引く人に、運勢の内容を問わず笑顔になってもらえたら」。インコのおみくじは不定期。1回100円。問い合わせは中嶋さんのメール(sanmu.jinja@gmail.com)へ。(高室杏子) 小鳥の芸、鎌倉時代にも 国内唯一の鳥類専門の博物館「我孫子市鳥の博物館」(千葉県)の村松和行学芸員によると、東アジア地域では小鳥に芸を教える文化があり、日本では貴族がヤマガラなどを飼育して芸を教えることがあったと鎌倉時代の書物で確認されている。江戸時代には庶民の間でも見せ物として広まった。 インコやオウムは鳥類の中でも、人間とのコミュニケーションがうまくいきやすく、学習する能力も高いことが実験で確認されているという。 八坂神社のインコがおみくじを引く動画を見て、「宮司さんが教えたことをよく覚えている。好奇心も旺盛だ」と感心していた。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
ケンカ?いや、ボケとツッコミ 大阪の居酒屋文化を刊行
東京出身で大阪に移住してきたライター、スズキナオさん(41)による大阪の居酒屋文化を掘り下げた著書が相次いで刊行されている。「安くてうまいが当たり前で、過剰にサービス精神が旺盛」というのがスズキさんの大阪の酒場評だ。 スズキさんは酒場ライターのパリッコさん(42)との共著3冊を手がけた後、昨年11月に単独の著書「深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと」を出版。版元の多くは東京だったが、8月末、大阪市此花区のシカク出版からエッセー「酒ともやしと横になる私」を刊行した。ウェブサイト・ケイクス通信での居酒屋ルポの連載をまとめた「関西酒場のろのろ日記」も9月末に発売された。 スズキさんは元々都内のIT企業で広告の仕事をしながらライターをしていたが、2014年、大阪市出身の妻が家業を継ぐことになったのを機に、会社を辞めて大阪市都島区へ移住。筆一本の生活を始めた。それまでも街歩きや酒場をテーマに書いていたが、関西でも大衆的な飲み屋を取り上げている。 「飲み物、食べ物の安さにも目をみはる」「適度に開放感があって居心地がよく」――。最新刊の「関西酒場のろのろ日記」では、天満や京橋、梅田、天王寺などの居酒屋を訪ね歩いた。「東京の古い店では流儀があり緊張して飲むことがあるが、大阪の店は時代の変化に柔軟。客同士の距離感が近く、けんかしていると思ったらボケとツッコミのやり取りだったことがある。酔客同士のいさかいを収める力が店にある」と話す。 ここ10年ほどは酒場詩人吉田類さんらが注目を集め、大衆酒場ブームといわれる。スズキさんは「飲むのはもっぱらビールとチューハイで、酒の銘柄へのこだわりもない。書きたいのはおもしろい人であり、その場の空気。あくまで移住者の視点から見つめていきたい」と言う。 個性派書店が後押し スズキさんが知人の紹介で店番を週に2、3回したのが、当時北区中津3丁目にあったミニコミ誌書店のシカク。その一部門としてシカク出版がある。スズキさんは店のメールマガジンでコラムを担当。それをまとめたのが「酒ともやしと横になる私」だ。日常生活のぼやきや失敗談がつづられている。 シカクはたけしげみゆき代表(30)が11年に仲間と2人で開いた。現在は此花区梅香1丁目、阪神なんば線千鳥橋から歩いて約5分の住宅街にあり、リトルプレス(少部数の自主制作出版物)約千五百誌やCD、雑貨などをそろえる。「どこにでもある本は置いていません。多少へんぴな場所でもじっくり選べるようにしたかった」とたけしげさん。 その一方で、異国や食など様々な最果てをルポした金原みわ著「さいはて紀行」など、独自路線の本約10冊を出版してきた。スズキさんの文章について、たけしげさんは「気持ちはかき乱されないけれど、ハッとする言葉があり、読み心地が独特です」と評する。 シカクの営業は午後1~7時(火、水曜が休み)。海外から来る客もいるといい、たけしげさんは「夢は海外の書店でシカクのコーナーを設けることです」と話す。(川本裕司) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
共同通信・柿崎氏の総理補佐官就任は寝返り、裏切りか…元TBSアナで菅直人政権広報担当の下村健一氏が明かす「期待と警戒」(ABEMA TIMES)
1日付けで内閣総理大臣補佐官(政策評価、検証担当)に就任した柿崎明二(かきざき・めいじ、崎=たつさきが正式表記)氏。9月までは共同通信の論説副委員長で、同郷の出身でもある菅総理を20年以上取材してきた人物だ。 【映像】政権に“近すぎる記者“は必要?元TBSアナで元内閣審議官の下村健一氏が語る「期待と警戒」 政治記者など、報道関係者が政界入りするケースは珍しくなく、ニュースキャスターだった小池百合子都知事は、第1次安倍政権では総理補佐官を務めていた。しかし総理官邸によれば、国会議員を経ずに報道機関から“直接”就任するのは柿崎氏が初めてだという。 森友学園や桜を見る会などでは安倍政権を批判、就任にあたっても「メディアからの転身なので、いろんな受け止め方があると思う。それは私も自覚しているので、それを踏まえて結果を出せればなと思う」「(菅総理には)取材するときでも批判的に言ってくれと言われていたので、そういうことなのかなと思う」と話しているが、報道関係者を中心に、この“転身”には疑問の声も上がっている。 2日の『ABEMA Prime』では、菅直人政権で内閣広報室に勤務した経験を持つ元TBSアナウンサーの下村健一・白鴎大学教授に話を聞いた。 ■友達に“寝返ったな”と言われた 下村氏はフリーアナウンサーだった2010年、当時の菅直人総理に請われて内閣官房内閣広報室内閣審議官に就任。2012年に退官した後も「契約アドバイザー」として活動した(第2次安倍政権初期の2013年3月まで)。 「学生時代、まだ新人議員だった菅(かん)氏のボランティア活動を手伝ったこともあり、“腐れ縁”だった。厚生大臣の時にはエイズ問題でバシバシやっていたし、民主党代表としても歯切れよくやっていたのに、急に総理になって、なかなかうまくいかなくなっていた。そんな時、みのもんたさんの朝の番組で私が“総理になってから、動きが全然見えないよ”と言ったところ、“情報の専門家として、手伝ってよ”と」。 しかし就任が明らかになると、「魂を売った」といった批判もされたという。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース
菅政権の「静かな人気」は吉か凶か 政治家の人気の「質」が国家の命運を決める(THE PAGE)
菅義偉内閣が発足して3週間目に入りました。報道各社の世論調査では、軒並み高い支持率を記録しており、与党からは早期の衆院解散・総選挙を期待する声も出てきているようです。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は高い支持率について「行政能力と改革の姿勢に対する期待であってほしい」としたうえで、政治家の人気の「質」というものに注目します。若山氏が独自の視点から論じます。 菅首相の不思議な人気 7年8ヶ月にわたった安倍政権でまるまる官房長官をつとめ、だいぶ前にこの欄で「安倍・菅政権」と書いたこともあるほど実権を振るっていた。にもかかわらず、その間、次の総理にふさわしい人物のアンケートでは上位にランクされなかった。つまり人気がなかった。誰もが、有能ではあっても官房長官止まりの政治家と考えていたのだ。それが菅義偉現首相である。 ところが、安倍前首相が退陣を表明したあと、一挙に自民党内の支持を集めて総裁選に圧勝し、新内閣の支持率も比較的高い。不思議なほどだ。 表面的な要因として二つ考えられるだろうか。一つは、安倍政権には光と影があったが、その退陣によって森友問題以後の影の部分が薄くなったことであり、もう一つは、菅新首相が雪深い秋田出身の苦労人ということで、2世3世が続くことへの反発からの好感である。しかし本当の理由は、その行政能力と改革の姿勢に対する期待ではないだろうか。そうあってほしいものである。 ここでは政治家の「人気」について考えたい。歴史に学べば、その人気の「質」が、国家・国民の命運に大きな影響を与えるように思えるのだ。 「華々しい人気」と「静かな人気」 どの政権でも発足当時は支持率が高い。少し経てば落ちるのだが、そのまま急落するものと、ジグザグしながら何とか保つものとに分かれる。近年では、細川政権、小泉政権、鳩山(由紀夫)政権の発足当時の支持率が高かった。小泉元首相は、短くハッキリしたコメントがテレビ時代の政治に向いていて「劇場型政治」といわれた。つまり小池現都知事に似て演技力は抜群、「自民党をぶっ壊す」と発言して郵政民営化を実現した。新自由主義、格差の拡大、地方の疲弊という批判もあったが、比較的長く続いた。 細川政権と鳩山政権の人気は、政権交代の人気といっていいだろう。バブル以後の経済停滞と、総合的な国力の低下と、総理大臣の短期交代によって、長すぎた自民党支配に嫌気がさしたのだ。しかし細川政権も鳩山政権もそれ以後の民主党政権も、支持率が急落して回復しないというパターンをたどった。 もう少しさかのぼれば、田中角栄元首相が抜群の人気であった。雪深い越後の貧しい農家の出身、小学校しか出ていない、戦後の混乱期に才覚ひとつでのし上がったという、まさに立志伝中の人物で「コンピュータつきブルドーザー」「今太閤」と呼ばれ、格別の人気があった。しかしオイルショックもあり、狂乱物価を招き、金脈問題によって総理の座を追われ、ロッキード事件で逮捕されることとなる。絶頂からの急転直下であった。 中曽根政権の支持率は発足当時それほど高くなかった。しかしレーガン米大統領、サッチャー英首相とともに、ソビエトのペレストロイカを誘導し、後藤田官房長官とのコンビによって行政改革、特に国鉄の分割民営化に成功して、支持率は下がらなかった。安倍政権は中曽根政権に近いようだ。「一強」といわれても支持率はさほど高くなかったが、またさほど低くもならなかった。 菅総理は、田中、小泉、小池のような「スター性」はない。つまり支持率が高いといっても「華々しい人気」があるわけではなく「静かな人気」というべきだろう。 Source : 国内 – Yahoo!ニュース