東京都は18日、新型コロナウイルスの感染者を新たに1204人確認したと発表した。6日連続で1千人を上回った。「人工呼吸器か体外式膜型人工肺(ECMO〈エクモ〉)を使用」とする都基準の重症者数は、前日から5人増えて143人だった。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
震災で亡くした教え子、忘れない 我が子の名前に残す
犠牲者の名簿に龍馬の名前があった――1995年1月17日の夜、甲府市の小学校教諭だった跡部浩一(あとべこういち)さん(58)は、担任をしている6年の児童からの電話で教え子の死を知らされた。全力で駆け抜けた命があったことを忘れまいと、名前の一部をその年に生まれた我が子に使った。阪神・淡路大震災が起きた日は特別な一日となった。 亡くなったのは、兵庫県西宮市の小学6年生だった新井本(にいもと)龍馬君(当時11)。跡部さんが甲府市立北新小に赴任し、担任となった4年2組で1学期に学級委員長を務めた児童だった。5年生になる前の93年、西宮へ引っ越していった。 26年前のあの日は、卒業式や中学受験の対応などに追われる慌ただしい一日だった。 夜、6年の児童が自宅に電話をかけてきた。4年生のときに龍馬君と同級生だった子どもで、「ニュースで見た」とかつての級友の死を伝えてきた。 龍馬君は少年野球をしていて、いつもメジャーリーグ「アスレチックス」の野球帽をかぶった男の子だった。 「龍馬が死ぬわけない… 【1/25まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
コロナ禍、職も家も失い西成へ 夢中でかき込んだカレー
新型コロナウイルスの影響で仕事と家を失い、路頭をさまよった男性がいる。生きるために仕事を探し、たどり着いた街で生活困窮者の支援団体に救われ、新たな住まいで年を越すことができた。ただ、再びの緊急事態宣言で先を見通せず、不安を募らせている。 「家がある状態で年を越せて良かった」。今月10日、大阪市西成区にあるアパートの4畳半の個室で男性(37)はほっとした表情を見せた。そして、人生で初めて住む場所を失い、どん底を経験した、あの日々のことを振り返った。 昨年11月20日、勤務先の大阪市内の太陽光パネル設置会社から突然、解雇通告を受けた。非正規採用で郊外の現場までマイカーで同僚を運ぶのが仕事だった。住み込みのため、会社の寮を出ることになった。 昨春までは月に20日近く仕事があったが、コロナ禍で夏ごろから工事が減り、数日しか呼ばれなくなった。車の諸経費込みで給料は1日1万4千円。働いた日数に応じて支給されたが、約4万円の家賃に携帯電話代、ガソリン代などを支払えば手元にはほとんど残らない。ついに工事が途絶え、雇い主から「これ以上仕事をさせられない」と告げられ、途方に暮れた。 和歌山県内で生まれ、両親は2歳の時に離婚。姉は父親に、男性は母親に引き取られ、再婚相手の2番目の父親は17歳の時に他界した。高校卒業後に料理人になろうと大阪へ出たが、先輩から包丁を投げつけられるなどの暴力を受けた。朝早くから夜遅くまで働いて時給400円ほどでは生活できず、25歳で夢をあきらめ、以降は職を転々とし、主に現場作業員をした。 解雇を告げられた日の夜、以前勤めた造船会社の上司の言葉を思い出した。「俺は西成でコツコツ働いて親方になった。あそこなら何かしらの仕事がある。困ったときに行けばいい」 牛丼店でお茶だけ飲み… 所持金は5千円。携帯電話は料金不払いで使えず、残された車に少量の給油をし、西成に向かった。 「一刻も早く生活費を稼がない… 【1/25まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
慶応大理工学部で知った勉強法 プロ野球でも感覚大切に
年が明け、いよいよ受験シーズンを迎えました。16日には大学入学共通テストが始まります。各界で活躍する受験経験者や、さまざまな分野で学びを深めている現役大学生・大学院生たちからの、受験生へのメッセージを随時お届けします。 中日ドラゴンズ・福谷浩司投手 1991年生まれ、愛知県出身。愛知県立横須賀高校から慶応大理工学部に進み、ドラフト1位で中日ドラゴンズへ。2020年は8勝、防御率2点台の好成績。 高校受験の時、志望校をどうするかで初めて両親ともめました。両親からは私立の野球の強豪校を勧められましたが、自分では通用しないと思った。結果的に両親は僕の思いを尊重してくれ、進学校の愛知県立横須賀高校に進みました。 高校では、授業中は授業を聴く、練習中は練習に集中、とメリハリをつけた。試験前の部活動が休みになる期間に、友だちと集まって勉強していました。苦手な科目は赤点にならなければいいと。得意な科目で1点でも多くとれるように考えていました。成績は上位1割くらいでした。 高2くらいまでは、名古屋大理学部に進みたかったんです。でも模試の判定をみると合格ラインに届くのは難しいかなと思い、高3の夏に野球部を引退し、AO入試で慶応大の理工学部に合格しました。 1次試験は書類、2次は面接。書類選考では神経の電気信号についての論文を書きました。高校生活で悩んだり不安になったりすることもあったので、脳の仕組みに興味がありました。 よく「野球と勉強を両立してたんだね」と言われます。でも勉強はテストでいい点をとるために教科書を丸暗記するだけでした。 大学でも最初は卒業のために教科書をがんばって覚えていただけ。大学3年で研究室に入り、卒業論文のために初めて自分で考えて課題を見つけ、学んだ。「これが本当の勉強だ」と思いました。 与えられたものをただ覚えるのは実は簡単なんですよね。だから、学校の試験の点数にこだわりすぎても、そのあと大学生や社会人になった時には役に立たないと思います。 プロ野球でも似た経験をしました。2年目に結果が出たけど後が続かず、全てを否定された気になった。色んなことを周りから言われ、その通り練習しても何が正しいかわからず、身につかない。例えば投げたボールの回転数を機械で測っても活用法がわからない。 でも、3年ほど前から「自分は何を大事にしたいのか、どんな人生にしたいのか」と考え始めました。目の前の結果よりも「前はできなかったことができるようになった」という感覚を大切にするようにした。 個人的にトレーニング施設に行き、専門家から体の動かし方を教わり、フォームを改善しました。機械はその結果の確認に使いました。機械もトレーニングもあくまで方法の一つに過ぎないと気づいたわけです。 19年はケガで1試合しか投げられず、給料も今までで一番下がりましたが、充実していました。翌年の20年には結果を出せました。 受験勉強も同じではないでしょうか。勉強法について色んなことを言われると思いますが、そこから自分に合った方法をみつけることが一番だと思います。 結果だけみると、志望校に受かった人とそうでない人に分かれるのかもしれない。でも受からなかった人がその後の人生で挽回(ばんかい)するチャンスはいくらでもある。いま30歳になって大切だと思うのは、自分で課題を見つけ、それを克服するためにどう行動するのかということ。そういう勉強の方が、大人になってから必要だと思います。 僕も、福谷浩司という人間としてもっと成長したい。自分で課題をみつけて、前向きに取り組んで。理想は2、3年後にいまの自分を振り返り、「あいつまだまだガキだったな」と思えるようになることです。(聞き手・宮崎亮) ◇ ふくたに・こうじ 1991年生まれ、愛知県出身。愛知県立横須賀高校から慶応大理工学部に進み、ドラフト1位で中日ドラゴンズへ。2020年は8勝、防御率2点台の好成績。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「ほうれい線が…」マスク生活、外した顔に受けた衝撃
マスクを外した顔を見ると老けた気がする――。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、こんな悩みを持つ人が増えているという。専門家からは、マスク着用で「表情筋」を使う機会が減り、たるみが生じる可能性があるとの指摘も。表情筋の運動法を聞いてみた。 「ほうれい線が深くなった自分の顔に驚いた。老け込んだようでショック」 名古屋市の女性(36)はそう語る。アルバイト先でもマスクの着用を厳しく求められているといい、最近になって自覚したという。女性は「マスク生活の影響じゃないか」と心配する。 都内の女性(42)も「マスク越しの顔ばかり見ているので、マスクを外した自分の顔の変化に驚きます」と話す。 「感染リスクを考え、マスクを… 【1/25まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
天皇陛下、国会開会式に出席 皇室18~24日ご予定
天皇、皇后両陛下や皇族方の予定を毎週更新します。皇室の方々は様々な行事や式典、宮中祭祀(さいし)などで多忙な日々を送っています。紙面では掲載しきれない公務も紹介します。 宮内庁は18~24日の予定を発表した。天皇陛下は18日、第204回国会開会式に出席する(表記は宮内庁発表に準じます。予定は変更されることがあります)。 ■天皇、皇后両陛下、愛… 【1/25まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
どんな魚もこの煮汁と煮方で 煮付け成功の「方程式」
記事の後半で、作り方のポイントを動画でご覧いただけます ごはんラボ 魚の煮付け 旬の魚を、甘辛の煮付けにして食べる楽しみをお届けします。今回の記事ではカレイの切り身ですが、淡泊な白身も脂のある青魚も、切り身も尾頭付きも作り方の基本は同じ。料理監修の林亮平さんによる煮付けの「方程式」を、魚売り場のその日のおすすめでお試しください。 下ごしらえの霜降りで、臭みになる皮のぬめりや血を取ったら、魚の重さを量って煮汁の用意です。魚に対して同じ重さの水分、1割のしょうゆとその半量の砂糖。水分は水と酒が半々という料理屋のぜいたくな割合で甘さ控えめです。好みで次に作る時は加減してください。 煮る時はずっと強火で、沸いた汁の泡で魚を包み込んで火を通していきます。身はふっくらした状態で取り出し、煮汁を煮詰めて上からかける。中まで味がしみていない魚に汁を付けながら味わってください。 アレンジは角切りのマグロです。煮る時間や調味料の量を増やすことで、違う一品に変身です。(編集委員・長沢美津子) 魚の煮付け (材料・2人前)料理監修:林亮平さん(日本料理・てのしま) □ 魚の切り身(カレイ) 2切れ(200g) □ 水 100ml □ 酒 100ml □ しょうゆ 20g(大さじ1強) □ 砂糖 10g(大さじ1強) □ ユズ皮 適量 作り方 ①魚の、盛り付けた時に表にする側の、厚い部分に十字の切り込みを入れる。カレイは白い腹を表にするときれい。鍋に湯を沸かし、ボウルに冷水を用意する。火を止めてから、魚ひと切れを網じゃくしにのせ湯に入れる。すぐ表面が白く変わるので引き揚げ、冷水に。もうひと切れも同様にして取り出す。 熱で汚れを固めて取るひと手間で、すっきり上品な仕上がり。冷水の中で軽くこすり、残ったうろこも落とす=合田昌弘撮影 ②湯を捨て洗った鍋に水、酒、し… 【1/25まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「物価の優等生」は序列最下位 鶏卵業界、不満の果てに
「大臣室で現金授受なんてあるわけがない。そんなの昭和の事件でしょ」「でもなぜ、鶏卵なのか」 汚職事件の舞台とされた農林水産省。昨年12月に疑惑が報じられた当初は半信半疑の声が大半だった。生々しい政界工作の主役が、「影が薄い」とみられていた鶏卵業界だったことも驚きをもって受け止められた。 鶏卵は今も昔も食卓に欠かせない国民食だ。年間264万トンが生産され、国民1人あたりでは年間約340個消費される。価格水準は高度成長期以降に様々な物が値上がりする中でも大きく変動せず、「物価の優等生」と呼ばれてきた。 ただ、業界内では「適正価格とはいえない」との不満が長年くすぶっていた。 熾烈な競争の末、業者間に分断 ◇ 「牛や豚が手厚い経営安定制度… 【1/25まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
2兆円かけ津波に強くなった街 商店街は消えていった
太平洋に流れ込む旧北上川の河口部に高さ7メートルの完成間近の堤防が立つ。2011年3月の東日本大震災では、川をさかのぼった津波が岸からあふれ、濁流となって宮城県石巻市の中心部を沈めた。海岸にはいま、56キロにわたって高さ10メートル近い防潮堤が連なる。高台に上らない限り、海は見えない。 市を襲った津波は10メートルを超え、住民の40人に1人にあたる4千人近くが犠牲になった。反省から「災害に強いまちづくり」を旗印に復興が進み、景色は10年近くで一変した。 約500人が命を落とした地区でこの春、背後の山をトンネルで貫通させた市道が開通する。山に阻まれて避難できず、多くの犠牲につながった。海辺に住む美容師の阿部和子さん(42)は「これで安心して家族で暮らせる」。94億円かかる事業費は全額、国の復興交付金が充てられる。 市の中心部には、総延長26キロに及ぶ主に避難用の15本の道路と四つの橋が21年度にほぼ完成する。「平時なら30年かかるのに10年で済んだ」と市幹部は言う。 石巻は最大の被災地だった。犠牲は国内全体約2万2千人の2割近くを占める。市内の住宅の半数近い約3万3千棟が全半壊した。国から投じられた復旧・復興予算は被災自治体の中で群を抜き、朝日新聞の集計では1兆9千億円に上る。その7割超はインフラの整備に充てられた。 だが、市の中心部を上空から見ると、目につくのは空き地だ。JR石巻駅周辺を震災前の住宅地図を頼りに記者が歩くと、約3割の258の建物が空き地や駐車場に変わっていた。一帯に八つあった商店街組合は相次いで解散し、一つが残るだけだ。1年前に老舗の店を閉じた経営者の男性(59)は嘆く。 「もともと寂しかったが、さら… 【1/25まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
復興事業に託したはずの未来…10年目、想定外の姿に
都市を襲った阪神・淡路大震災と違い、東日本大震災で被災した土地の多くは過疎地だった。巨費を投じて頑丈にしたにもかかわらず、被災地では震災前からの人口減や空洞化がむしろ加速している。復興の過程で何があったのか。 東日本大震災から、ちょうど1カ月後。被災した宮城県石巻市に職員8人の特命チームが設けられた。 市全体の復興計画を担う復興対策室だ。市内では当時、住まいを失った5万人が学校の体育館などで避難生活を強いられていた。室長に就いた星雅俊さん(66)は対応に追われながらも、「地方都市が抱える課題を、復興とともに一気に解決したい」と思った。 石巻は江戸時代に東北と江戸を結ぶ海運で栄えた、仙台市に次ぐ県内第2の都市だ。だが、昭和時代の終わりに19万人近かった人口は当時、16万人まで減少。JR石巻駅前の中心部は、ほかの過疎地と同様にシャッター街と化していた。 市は当初、復興に合わせて、震災前からの中心部の空き地に住宅を建て、人を呼び込もうと模索した。近くを流れる旧北上川を生かし、川沿いを大規模に盛り土し、新たな街を築こうという案もあった。 だが、いまは市議になった星さんは言う。 「先進モデルの街を築きたかっ… 【1/25まで】デジタルコース(月額3,800円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル