栃木県足利市西宮町の両崖(りょうがい)山周辺で21日に発生した山火事は27日も鎮火のめどがたっていない。火事の発生直後に119番通報した登山客の男性が朝日新聞の取材に応じ、通報当時の状況を語ってくれた。 男性は千葉県野田市から登山で訪れていた会社役員湯田淳さん(56)。車で足利市を訪れ、21日午後2時半ごろから両崖山を単独で登り始めた。 登山道は乾いた落ち葉で覆われていて、進むごとに足元で「カサカサ」と音がした。中腹にあるあずま屋で中高年の男性グループが談笑していた。1人が火のついたたばこを手に持ったまま、台の上に両手をついていた。「危険だな」と思いながら登山を続けた。 約40分かけて両崖山の山頂に… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「緑を守れ」は上から目線 中村桂子さん、問い直す感覚
スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんが始めた若者たちの抗議運動「フライデーズ・フォー・フューチャー」や、昨秋に菅義偉首相が宣言した「2050年までの温室効果ガスの実質ゼロ化」で、気候変動問題がよく話題にのぼるようになりました。でも「自分事」とはなかなか捉えづらい人も多いのでは。気候変動をどう考えればいいのか、JT生命誌研究館名誉館長の中村桂子さん(85)に聞きました。 1936年生まれ。生き物の歴史と関係を読み解く「生命誌」を研究。近著に「こどもの目をおとなの目に重ねて」。 ――菅首相の「実質ゼロ化」宣言以来、日本では「脱炭素化」という言葉をよく耳にするようになりました。 「『脱炭素化』や『脱炭素社会』という言葉は、『二酸化炭素(CO2)を出さない』という意味で使われているんだと思います。でも私は、この言い方が好きではないんです」 ――そうなんですか? 「はい。実は、私たち人間を含… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「温暖化対策してますか?」 290大学を調べた学生
京都大大学院で学ぶ塚本悠平さん(25)は2年前から、スマートフォンを握り、電話をかけまくっていた。大学の地球温暖化対策を尋ねるアンケートをするためだ。きっかけは、「そりゃ、あかんやろ」とあきれた出来事だった。 「そちらの大学ではどんな温暖化対策してますか」 電話口での言葉は同じだ。はじめは関西、翌年は東京と、計290の大学に電話をかけ、アンケートの協力を求めた。「スマホはいつも熱かった」 きっかけは2018年夏。環境… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
採算度外視の「無料クリーニング」 苦境でも全員が快諾
「お子さんの学生服や園児服を無料でクリーニングします」。新型コロナウイルスの感染拡大で苦境に立たされている全国のクリーニング店で、そんなキャンペーンの輪が広がっている。名前は「全国スマイルプロジェクト」。採算度外視の企画に込められた、経営者らの願いとは――。 「学生服、無料でクリーニングキャンペーン」 大阪府守口市の「クリーニング谷口チェーン本店」のカウンターには、そんなチラシが置かれている。通常のクリーニング料金が1200~1400円程度の学生服と、800~1千円程度の園児服が、毎週金曜と土曜の午前11時までに出せば無料。月曜日に間に合わせるため、日曜午後5時までに仕上げる。 長男(6)の制服をクリーニングに出した会社員の男性(45)は、「息子は卒園式に、きれいな制服で出席できる。経済的にも本当に助かります」と声を弾ませた。同店などを展開する「谷口商会」の3代目、谷口康宏社長(34)は「喜んでもらいたいと思って始めた企画だが、いまは逆に私たちがお客さんの笑顔に励まされています」。 コロナ禍は業界を直撃した。 外出自粛でスーツやワイシャツ… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
あの日、私は津波にのまれた 町長が語る「拾った命」
2011年3月11日。宮城県南三陸町は東日本大震災の津波に襲われ、市街地が壊滅。831人が犠牲になった。あの日、町防災対策庁舎で指揮を執っていた町長の佐藤仁(69)も屋上で津波にのまれ、死にかけた。職員ら43人も失った。あれから10年。住宅や公共施設の高台移転は進み、復興事業はゴールが見えた。目の前のエネルギッシュな首長が、死線をくぐり抜けた生き残りであることを知る人も少なくなった。人口1万2千の小さな町で、陣頭に立ち続けてきた指揮官の胸の内を紹介する。 さとう・じん 1951年、宮城県志津川町(現在の南三陸町)出身。同町議、同町長を経て2005年、歌津町と合併して発足した南三陸町の初代町長、現在4期目。東日本大震災の当日、町防災対策庁舎で津波に巻き込まれたが生還。元高校球児で、仙台商遊撃手として1969年の夏の甲子園に出場し、8強入り。趣味はスポーツ観戦で、プロ野球・楽天イーグルスが大好き。1960年のチリ地震津波でも自宅を流されている。 屋上で流された職員たち ――20年10月、震災復興祈念公園が全面オープンしました。庁舎に献花した時、どんな思いでしたか 言葉では言い表せません。見つからないんです。3月11日、屋上で味わったあの寒さとショックは。 目の前で、役場と男性職員の家がつぶれていく。家の中に奥さんがいるんです。女性職員が奥さんの名を金切り声で叫ぶ、そこへ津波。波が引いたら、あれだけたくさんいた職員が、たった10人しか残っていなかった。女性職員も姿が見えない。そばには俺とその男性職員の2人だけ。恐ろしい現実でした。 拡大する3階建ての防災対策庁舎の屋上が津波に襲われた瞬間=2011年3月11日午後3時34分、宮城県南三陸町、加藤信男さん撮影、同町提供 ――屋上のアンテナに上って耐えました 津波は2回、3回と襲ってきました。太いアンテナに7人、細い方に3人。アンテナに巻き付けられている電線に足をかけて登りましたが、4回上り下りしました。いまやれと言われても到底できません。 ――階段の手すりに引っかかって助かりました 最初は海側にいましたが、町役場が折れて(防災対策)庁舎にぶつかってきたので、様子を見ようと階段側に移動した時、波をかぶってフェンスに押しつけられました。もし元の位置にいたら、みんなと同じように流されていたでしょう。津波がせり上がり、屋上の私たちをのみ込むまで、まばたきする間でした。 拡大する震災直後の南三陸町防災対策庁舎。津波は高さ12メートルの庁舎屋上まで襲った=2011年4月14日午後4時3分、宮城県南三陸町志津川、西畑志朗撮影 ――あの瞬間はいまも鮮明ですか はっきり思い出せます。ただ数年前、生存者が集まって記憶を突き合わせたのですが、一人ひとり覚えていることが違いました。どこにいて何をしていたのか、時系列がバラバラ。みんな自分が正しいと思っているものだから、全然かみ合いませんでした。 ――いまも当時のことを思い出しますか 震災3年目ごろまで、朝起きると家族から「ゆうべもおぼれていた」とよく言われました。水の中で息ができない悪夢。寝ながらもがいていたようです。当時は枕に頭をつけるとすぐ眠りに落ちるくらい、疲れ果てていたのですが。 拡大する防災対策庁舎の中のがれきを撤去しながら行方不明者の捜索をする自衛隊員=2011年3月17日午後1時24分、宮城県南三陸町、西畑志朗撮影 怖かったのは自動洗車機です。震災2年目でしたか、車を洗おうとした時、前から水が迫ってくる様子を見て津波を思い出し「止めろ!」と叫んで外に出てしまいました。一時は地下鉄も地下街も「水が入ってきたらどうしよう。火事になったら逃げ場がない」と、敬遠していました。 そんな私を見て、町に来た米国の精神科医がPTSDだと言ってくれました。だいぶ良くなりましたが、自動洗車機だけはいまもスタンド任せです。 ■公務員の悲哀を いやとい… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
フラガールで自分磨きたい AKB48・山内瑞葵さん
(AKB48グループ 世の中って…)山内瑞葵さん〈AKB48〉 前回(2019年11月)の取材で、私は「グループの入り口みたいな存在になりたい」とお話ししました。それから今までで一番大きな出来事は、57枚目のシングル「失恋、ありがとう」(20年3月発売)で表題曲センターをさせていただいたことです。 「歌番組やMVを見てAKB48をまた好きになった」とコメントやメッセージをいただき、オンラインお話し会で「『失恋、ありがとう』で気になって来ました!」と言ってくださる方も増えました。 センターは加入してからずっと目標でもあったし、絶対にかなえたいポジションでもあったので、すごくうれしかったです。センターの経験が自分を成長させてくれました。 インタビューの後半では、センターの経験がもたらした自身の「ある変化」や、4月から出演する舞台「フラガール ―dance for smile―」への熱い思いも語ってくれました。 一番変わったのは泣かなくなっ… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
旧大川小の教訓、オンラインで コロナ禍であの日を学ぶ
東日本大震災からまもなく10年。当時幼かった若者や子どもたちにとって、被災地の経験や教訓を学ぶために現地を訪れることが、コロナ禍で難しくなっています。そんな中、オンラインを活用した伝承活動も生まれています。 被災者が教訓を現地から発信 今月14日午後、東京都新宿区のイベントスペース。オンライン会議システムで、宮城県石巻市の旧大川小学校の前に立つ佐藤敏郎さん(57)が映し出され、全国各地から参加者が画面越しに見つめた。 この日開かれた「東北オンラインスタディツアー2021」は、新宿にいるフォトジャーナリスト安田菜津紀さん(33)の進行で、中学生から大学院生世代の参加者51人と岩手、宮城、福島の3県を結んだ。前半は3県の人が経験や現状、教訓を語った。 大川小は、津波で児童と教職員計84人が犠牲・行方不明になった。佐藤さんも次女で6年生だったみずほさんを失った。震災当日は、中学校の制服が仕上がり、帰宅後に袖を通すはずだった。 校舎を前に、「『ずいぶん寂し… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
駅階段、ベビーカーから子ども転落 駅員マニュアル違反
JR西日本は27日、JR湖西線の志賀駅(大津市)の構内で25日、マニュアルに反し、駅員がベビーカーから子どもを転落させる事故があったと発表した。子どもは頭の骨を折るけがをしたが、27日までに退院したという。 同社によると、25日午前9時半ごろ、ホームから階段で下りようとする母親から頼まれ、駅員がベビーカーを運ぶ手伝いをした。その際、子どもを乗せたままベビーカーを持って階段を移動中、子どもが転落した。社内マニュアルでは、ベビーカーを運ぶ時には子どもを保護者に預けるなど、ベビーカーからおろすことになっている。駅員は失念していたという。 母親は当時、子どもを2人連れ、転落した子どもはベルトをしておらず、駅員も確認しなかったという。 同社は補償なども含め対応を検討するとしている。(山田健悟) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「必ず雨が降る」ふすま絵 足利の山火事、収束願い公開
雨乞いをして栃木県足利市の山火事を収めようと、隣の佐野市郷土博物館で27日、雨乞いの霊験あらたかと伝わる「雲竜のふすま絵」が公開された。約30年前、田植え前に日照りが続き、このふすま絵を引っ張り出して雨乞いしたところ、雨が降ったという。 元々、ふすま絵は佐野市寺中町の若衆組が芝居の背景に使ったもので、地元の東光寺が保管していた。14枚組みで、幅8・12メートル、高さ1・52メートル。図柄は黒雲の中から宝珠をつかんだ竜が顔をのぞかせ、下には波頭が立っている。 地元では「ふすま絵を出すと必ず雨が降る」と言い伝えられてきた。今回、約30年前の雨乞いを覚えていた住民が寄贈先の博物館に「山火事が一日でも早く収まるように雨乞いのふすま絵をだしては」と連絡し、特別公開になったという。 東光寺前住職の伊東桃禅さん(84)は「昭和初期にも時々出していた。足利の山火事が早く収まって欲しいと心を痛めていた」と話した。3月2日には伊東さんが出向いて博物館内で法要をする。 宇都宮地方気象台によると、3月2日は雨の予報という。佐野市郷土博物館はコロナ感染症拡大防止のため、入館者を佐野市民に限定している。(根岸敦生) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
引きこもりの女性を変えた震災「私もいていいんだ」
大きな揺れの後、無我夢中で家を飛び出した。唯一の居場所が津波にのまれた。あれから10年。宮城県石巻市の西條成美さん(28)は思う。「あの頃の私はいまの私を、想像もしなかったろうな」 2011年3月。本当なら高校を卒業しているはずだった。集団行動が苦手でクラスになじめず、学校に友人はいなかった。自分に自信が持てなくて、家にひきこもった。高校は2年の冬に中退した。 「本当はもっと人とつながりた… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル