北海道では21日、新型コロナウイルスの感染者が新たに60人確認された。死亡者は2人。新規感染者数が50人を超えるのは7日連続となる。 内訳は、保健所設置4市(札幌、旭川、函館、小樽)では札幌39人(死亡1人)、函館4人。道内の他地域が17人(死亡1人)。 札幌市立大倉山小学校(中央区)で児童1人の感染が確認され、31日まで学級閉鎖する。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
第五福竜丸の元乗組員・大石又七さん死去 87歳
1954年に米国が太平洋・ビキニ環礁で行った水爆実験で被曝(ひばく)した静岡のマグロ漁船「第五福竜丸」の元乗組員で、核廃絶を訴える証言活動をしていた大石又七さんが7日に亡くなっていたことがわかった。死因は誤嚥(ごえん)性肺炎で、87歳だった。 被曝の体験や苦しみを1983年から証言し続け、講演回数は700回を超えた。福竜丸を知ってほしいと模型船を8隻つくり、広島平和記念資料館(広島市)や長崎原爆資料館(長崎市)、マーシャル諸島などに寄贈している。 2012年に脳出血で倒れ、リハビリにより復帰するも、骨折などで入退院を繰り返していた。19年に神奈川県三浦市の介護施設に入り、車椅子で講演活動を続けていた。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
瀬戸内海キレイすぎ? 明石の漁師に影響深刻
全国有数の生産量を誇る兵庫県のノリ養殖で、黒く色づかない色落ち現象が深刻化している。海中の窒素やリンなど栄養塩の減少が一因で、売り上げが例年の半分に落ち込む漁業者もいる。高度経済成長期に汚染され「死の海」と呼ばれた瀬戸内海。水質の改善とともに起こった「貧栄養化」問題に、国も再び方針を転換し始めている。 兵庫県明石市の西二見漁港。岸から約2キロ離れた漁場で漁師が網を引き揚げると、ノリが一面、黄色く色落ちしていた。「これはひどい……」と表情が曇る。周辺の網で、約8割が色落ちしているという。西二見漁業協同組合理事の山本義則さん(63)は、届いた栄養塩のデータを見て「やばい。だいぶ減っている」と肩を落とした。10日前と比べ、特に沖合の漁場で栄養塩が減っていた。 貧栄養化が進むと、ノリは色素の合成ができず、黒く色づかない。さらに、味や香りも落ちるという。地元では、今年の売り上げが例年の5割減、出荷量は7割減になった漁業者もいる。養殖ノリを作って40年以上の山本さんは「30年ぐらい前は、海に力があった。ノリも真っ黒で、紫がかっていた。最近は本当に生育が悪い」と嘆く。 加えて今年は、海水温の上昇で網を張る時期が遅れたことや、年末の寒波で海が荒れ、多くの網が破れてしまったことも追い打ちをかけた。 貧栄養化の影響を受けているの… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
宮城の地震、けが8人 続く東日本大震災の影響
宮城県で最大震度5強を観測した20日の地震で、宮城、岩手、福島の3県で21日までに8人のけが人が確認された。いずれも軽傷だった。福島、宮城両県で2月に震度6強を観測した地震に続き、2011年の東日本大震災の余震と考えられ、専門家は「今が一番注意が必要」と警戒を呼びかけている。 宮城県によると、美里町の90代女性が地震で外れた扉が頭にあたり軽傷。仙台市で4人、気仙沼市で1人がねんざなどのけがをした。盛岡市では40代女性が転倒して口の中が切れるなどした。福島県伊達市の女性(77)が転倒し、腰を痛めるけがを負った。 宮城県塩釜市芦畔(あしぐろ)町では崖崩れが起き、長さ約6メートルにわたり市道がふさがれたが、けが人や建物の被害はなかった。福島県南相馬市では大雨が予想されるとして21日、4カ所で住民にブルーシートを配った。 東北電力によると、女川原発(宮城県石巻市、女川町)3号機の使用済み燃料プール内に、点検用足場の部品が落下したが、東北電は「安全性に問題はない」と説明している。 地震による交通の乱れは解消された。 JR東日本によると、東北、秋田、山形各新幹線の運転見合わせは20日夜までに解消された。ただ、山形新幹線は21日午前に運行予定だった一部が運休した。 東日本高速道路によると、東北地方の複数の区間であった高速道路の通行止めも、21日未明までに解除された。 今回は震源が約60キロと深く、陸に近い場所で起きた。遠田晋次東北大教授(地震地質学)は「東日本大震災のときにあまり大きくずれていない、深い部分が動いた。震災の影響が続いているのに加え、先月から大きい地震が立て続けに起きた。今が一番注意が必要」と警戒を促す。 遠田教授によると、一帯は10年経ってもまだ東日本大震災前より地震が多い状態が続いている。東日本大震災で大きくずれ動いたプレート境界の浅い部分は静かになってきているが、そのまわりの陸に近い海域の深いところや、沈み込む前のプレートでの地震などがまだ活発だという。 東京大地震研究所の古村孝志教授(地震学)は「今回の地震はプレート境界を震源とする逆断層型とみられ、周期的に起きる『宮城県沖地震』の震源の一部が壊れた可能性もある。この地域はもともと地震が多い場所でもあり、注意が必要だ」と話した。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
美智子さまがメジャー昇格させた 点字楽譜、広がる世界
点字に訳した楽譜の普及に取り組む「点字楽譜利用連絡会」(点譜連)。設立から15周年を記念したコンサートを4月に開く。実は、点譜連は上皇后美智子さまの寄付金をきっかけに誕生した団体。代表の和波孝禧(たかよし)さん(75)は「美智子さまを始め、多くの方の支援でここまで来られた。コロナ禍だが、聴く人が幸福な気持ちになれるような演奏会にしたい」と意気込む。 点字楽譜は五線を使わず、音の高さや長さ、指づかいなどを六つの点の組み合わせで示すもの。音楽を演奏する視覚障害者には欠かせないものだが、作成には専門知識が必要で、基本的にはボランティア団体などが演奏者の希望に応じて個々に作られている。 だが、そうした「オーダーメイド」の点字楽譜は他の人たちに共有されることは少なかった。視覚障害者は耳にした曲を演奏したいと思っても、その都度団体などに問い合わせて点字楽譜を提供してもらったり、自分で点訳を依頼したりする必要があり、つくられた点字楽譜がないか簡単に調べられる手段がなかった。 生まれつき全盲だった和波さんも、幼少期からバイオリニストとして活躍するようになるまで、多くの曲の楽譜は母が点訳したものだった。「共有してすぐに手元に置ける点字楽譜が増えれば、より世界は広がるのにと思っていた」 「公務は大変だけれど、癒やされました」 最初の出会い そんな状況が変わったのは2005年。状況を知った美智子さまは、「点字楽譜のために」と自身の著書の印税などを寄付。点譜連の発足につながった。和波さんは「美智子さまのおかげで、点字楽譜はメジャーリーグに昇格できた」と振り返る。 和波さんと美智子さまとは長い交流がある。 最初の出会いは1981年、赤十字関係の行事だった。和波さんが演奏を披露したが、終了後、美智子さまから「公務はとても忙しくて大変だと思うこともあるけど、きょうの演奏で癒やされました」と声をかけられた。 その後、ピアニストで妻の土屋美寧子さんとともに皇居・御所に招かれ、美智子さまと一緒に演奏したことも。美智子さまは土屋さんに「ここのところが難しいんだけどどう弾いたらいいかしら」などとたずねるなど、和やかな雰囲気だったという。美智子さまは和波さんのコンサートにもたびたび足を運んだ。 「個人の所有物だ」 リスト化に反対する声も だが、点字楽譜リストの作成には課題も多かったという。様々な団体が保管する点字楽譜を集めてリスト化するのは膨大な作業で、「あくまでつくってもらった個人の所有物だ」とリスト化に反対する声もあった。和波さんたちは「点字楽譜を公の財産に」と粘り強く説得を続け、発足から2年で最初のリストを発行した。13年には点譜連のホームページを開設し、簡単にネットでリストを閲覧できるようにした。 美智子さまはその間も活動を見守り続け、17年には「点譜連の集い」に出席。視覚障害者のフルート奏者らの演奏に聴き入り、「とてもよい音色でした」とねぎらった。点訳者にも「これからもよろしくお願いします」と声をかけたといい、「とても勇気づけられた」と和波さんは振り返る。 点譜連は20年で15周年を迎えた。和波さんは達成感を感じつつも、次代への継承が今後の課題と考えているという。 4月18日に東京文化会館(東京都台東区)でコンサートを開催。視覚障害のある音楽家7人を含んだ13人が、宮城道雄の「春の海」やブラームスの「弦楽六重奏曲第2番」などを演奏する。和波さんは「これまでの感謝と、さらなる普及への思いを込める。点字楽譜をもっと知ってもらえる機会にもしたい」という。 コンサートは全席指定で、入場料は一般4千円、学生2千円。チケットはラビット(https://shop.rabbit-tokyo.co.jp/concert0418/)や「イープラス」「チケットぴあ」「ローソンチケット」で購入できる。(杉浦達朗) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
文具も制服もユニホームも 家計を救うリサイクルバンク
もうすぐ新年度。制服や文房具、部活のユニホームなど、進学する子どもがいる家庭では何かと物入りな季節です。家計に余裕がなくて、全部そろえられるか不安……。そんな家庭のために学用品などをシェアする取り組みが新潟県内各地にあります。(高浜行人) 筆箱に彫刻刀、算数セット、絵の具セット、鍵盤ハーモニカ。部活用のラケットやスパイクも。 1人親などの困窮家庭に食品などを届ける「フードバンクしばた」は、新潟県新発田市本町3丁目の事務所で、寄付された学用品数百点を保管している。必要な家庭にいつでも無償で提供しており、随時、展示会を開いている。21日も午前10時から午後3時まで行われる。 これだけ集められたのには理由がある。副代表で元新発田市職員の土田雅穂さん(70)が市教育委員会に掛け合い、昨年4月から学用品の寄付を募る箱を市内の全小中学校29校に設置した。随時、スタッフが各校をまわって回収し、検品して消毒している。「学用品リサイクルバンク」という仕組みだ。 「学校からの『購入のお知らせ』が怖い」の声に 土田さんは「ぎりぎりの生活で、学用品を買うのに食費を削らなければならない家庭もある。学校から届く『購入のお知らせ』が怖いという声もあり、何とかしたかった」と話す。 市立御免町小学校を3月初旬に訪れると、設置された箱には縄跳びや筆箱などが入れられ、底が見えなくなっていた。藤井聡校長(59)は「助け合いや思いやりなど、教えていることを子どもが行動に移すきっかけになり、教育的な価値もある」と話す。 このほか、14団体が加盟する県フードバンク連絡協議会でも、三条市の事務局で多くの学用品を備蓄し、電話(0256・34・8960)で希望に応じた個別の対応をしている。 制服リサイクルの取り組みもある。 長岡市シルバー人材センターでは5年以上前から、無償で譲り受けた市内の小中学校、高校の制服を市中心部と栃尾地区の2カ所の事務所で販売している。新品で購入すれば数万円かかるが、保管料相当の税込み2100円~3千円(上下合計)で買える。担当者は「買えずに困っている方にぜひ利用してほしい」。在庫はホームページ(https://www.nagaoka-sjc.jp/ws1d_3r_uniform.html)で随時更新している。 新潟市シルバー人材センター(新潟市中央区上所1丁目)でも3年前から、市立中学校の制服上下とシャツのセットを2700円で販売するリユース事業に取り組んでいる。電話(025・241・3541)で在庫を確認できる。 「就学援助」もある 学用品や給食費に相当する金額の支給が受けられる国の「就学援助」という制度もある。生活保護の受給者と、それに準じて困窮している世帯の小中学生が対象。文部科学省の2018年度の調査では、全国で約137万5千人が支給を受けた。県内では公立小中学校の児童生徒総数の17・4%に当たる約2万8600人に上った。 申請は市町村で受け付ける。新潟市では4月に学校を通じて案内を配り、希望者が4月中旬ごろまでに学校を通じて申請する。審査を経て、8月に最初の支給があるという。市教育委員会によると、周囲の目を気にして申請をためらう人もいるといい、より申請しやすくしようと、今年度からは市のホームページで申請書をダウンロードできるようになった。担当者は「ネガティブにとらえずに、必要な人は気軽に申請してほしい」と話している。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
女川原発で部品落下、学校の校舎に被害 震度5強の宮城
宮城県内で最大震度5強を観測した地震から一夜明けた21日、県は午前8時現在の被害状況を発表した。県内のけが人は計6人で全員が軽傷という。また、塩釜市芦畔(あしぐろ)町で崖崩れが起きたが、けが人や建物の被害はなかったが、長さ約6メートルにわたり市道がふさがり、土砂を撤去している。 けが人は、美里町の90代女性が地震で外れた扉が頭にあたり軽傷。仙台市で4人、気仙沼市で1人がねんざなどのけがをしたという。 仙台市によると、青葉区の青葉体育館で天井の部品が落下したため、施設の一部を23日まで休業する。県教育委員会によると、県内38の公立学校で、漏水や校舎のひび割れ、天井パネルの落下などの被害があった。県内の停電はすべて解消され、避難所も21日朝までにすべて閉鎖された。 また、東北電力によると、女川原発(石巻市、女川町)3号機の使用済み燃料プール内に、点検用足場の部品が落下。東北電は「安全性に問題はない」と説明している。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
パトカーに追跡され塀に衝突、飲酒運転容疑で男を再逮捕
広島東署は20日、海田町中店の建設業、中川学容疑者(52)を道路交通法違反(酒気帯び運転)の疑いで逮捕し、発表した。中川容疑者の軽自動車はパトカーに追跡され、府中町内で民家のブロック塀に衝突した。中川容疑者はあばら骨が折れるなどの重傷。 署によると、「車で来ているのに酒を飲んでいる」との通報受けた署員が19日午後10時前、府中町の飲食店から出てきた中川容疑者を発見。軽自動車に乗り込んだため、パトカーからマイクで停止指示を出したところ逃走した。緊急走行に切り替えて追跡を始めて約1分後、T字路付近の民家のブロック塀にぶつかったという。民家にいた80代男性と妻にけがはなかった。 事故後、同署は中川容疑者を道交法違反(合図不履行)容疑で現行犯逮捕したが、入院・治療のため20日未明に釈放。同日に退院後、酒を飲んで運転した疑いで再逮捕した。 パトカーは時速約60キロで追跡し、車間距離は約50メートルあったという。同署の村上範芳次長は「事故は残念。パトカーの追跡方法については特段問題なかったと認識している」と話した。(北村浩貴) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
胃がんの母と布団並べて 「いまわの際」の時間を共有
それぞれの最終楽章・読者から(2) 宮本修一さん(愛知県稲沢市・73歳) 母和子は富山県で長く小学校の教員を務め、1975年に同居を始めました。私の2人の子どもの子守のほか、小さな畑で野菜作りに励み、編み物、詩吟、書道、短歌などを楽しんでいました。 少し血圧が高く降圧剤をのんでいたのと、白内障で目薬をさしていたほかは至って元気で、介護の認定は亡くなるまで「要支援1」でした。ところが亡くなる前年の5月の大型連休に「昨日から胃がむかむかする」と、緊急の胃の内視鏡検査を受けました。 写真を見ると胃の中は真っ黒で、潰瘍(かいよう)が全体に広がっている状態でした。医師は「悪性かも」とつぶやき、数日後に出た確定診断は「進行性の胃がん」でした。医師に手術を勧められましたが、がんは摘出できても体が手術に耐えられるか危惧されましたし、何より母は気が小さく体にメスを入れると考えただけで震え上がってしまうだろうと、妻と相談し、手術を見送りました。母や周囲には「胃潰瘍だった」と告げ、亡くなるまで私たち夫婦以外は胃がんと知りませんでした。 潰瘍を抑えるため3週間入院。… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
道は川に、街は泥だらけ、車は廃車、その時函館で何が
10年前の東日本大震災で、北海道函館市の函館駅周辺は津波で浸水した。当時、函館支局員だった記者は、何度も押し寄せる津波の恐ろしさを肌で感じていた。 地震発生時は五稜郭公園前電停に近い、函館市梁川町のテーオーデパートの本屋にいた。そこで酔うような横揺れに襲われた。 当時の函館支局は函館山のふもとの宝来町にあった。急いで車で支局へ戻り、電話で警察や自治体に被害状況の取材を始めた。 午後3時14分、函館にも津波警報と避難勧告が出た。やがて、テレビで流れる東北の津波の映像に目を奪われた。 函館も東北のようになるのか。不安がよぎったが、いざとなれば近くのビルに逃げようと心を決め、カメラを手に函館駅前に向かった。 駅はすでに閉鎖され、ほとんど… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル