子どものゲーム時間などを定めた香川県ネット・ゲーム依存症対策条例をめぐり、県議会が実施したパブリックコメント(意見公募)の一部が偽造された疑いがあるとして、高松市の高校生らが15日、容疑者不詳とした告発状を高松北署に提出した。署は今後、告発状を受理するかどうか判断するとしている。 告発したのは高松市の高校3年生渉(わたる)さん(18)と、渉さんのSNSでの呼びかけに賛同した県内外の14人。 告発状では、県議会が昨年3月に実施したパブコメの賛成意見は、ネットで短時間に連続的に投稿されたり、同じ誤字脱字があるものが大量に含まれたりしており、「賛成意見が圧倒的であるように偽造した可能性が高い」と主張。私文書偽造などの疑いがあるとしている。 渉さんによると、賛成意見に同じ文言が大量にあるなどの報道を目にし、自ら情報公開請求して調べて疑念を深めた。愛知県知事に対する解職請求(リコール)で提出された署名に同一筆跡などの疑いがあるとして県選挙管理委員会が刑事告発したのを知り、今回の告発を決めたという。 渉さんは、条例はゲーム時間を… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
読者9割が町外在住 遠く離れた町民へ、心つなぐ広報誌
福島県浪江町は、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で全町民が避難した。今も1万7千人近い町民の9割以上が町外で暮らし、45都道府県に散らばる。各地で暮らすそんな町民たちの思いをつなぐ、町の広報誌の人気コーナーがある。「浪江のこころ通信」。登場した町民と作り手たちに、思いを尋ねた。 「思いを話せてありがたい」 「自然がいっぱいで、空気が違う」 2018年11月、浪江町に新築した自宅に戻った森野俊恵さん(68)はしみじみ言う。震災後は山梨県で働き、定年退職した5年前の春に福島県いわき市に引っ越した。そのときから週2度、浪江町のイノシシ駆除の仕事を続けている。 震災前は10人家族だったが、今は妻裕子さん(69)と2人暮らし。周囲は空き地が目立ち、夜は静かになる。「やっぱり寂しい。でも浪江に戻るかどうか、町民の間で考え方は違う」 森野さんの思いや近況は、15年5月と20年4月のこころ通信に掲載された。「思っていることを話せたのはありがたい」と話す。 石井悠子さん(40)は11年… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
伝え続ける苦悩と希望 福島のラジオアナ・大和田新さん
「みんなで励ましあいながら、一緒に朝を迎えましょう」。ラジオ福島のアナウンサーだった大和田新さん。2011年3月11日の地震直後、大急ぎで局に戻りマイクに向かうと、地震・津波の被害、そして刻々と悪化する東京電力福島第一原発の事故の状況を時に声を詰まらせながら伝えました。その後、被災現場に自ら足を運び、涙をふいて立ち上がる人々にその思いを聞き、伝えてきました。そんな大和田さんに「伝える」ことへの思いを聞きました。 ――あの大地震が起きた10年前の11日夜。大和田さんがラジオを通じて語った「みなさん、頑張っていきましょうね」との言葉に多くの福島県民が励まされました。 「全然覚えていないんですよ。とにかく沿岸部には大きな津波が来たけど、真っ暗で状況がわからない。朝になれば被害の状況も見えてくるし、『生きてて良かったね』と笑顔も見られるようになるという期待も含めて、話していたんじゃないかと思います。次の日に原発が爆発するなんて認識もないですし」 〈おおわだ・あらた〉 1955年、神奈川県横須賀市生まれ。1977年、ラジオ福島(RFC)に入社、アナウンサーに。東日本大震災時は放送で人々を勇気づけた。以後、現場への取材も続けてきた。現在はフリーアナウンサーとして活動する。 ――大和田さんの嘆く声がNHKの震災関連の番組に残っていました。「本当に地震予知は何をやっていたんでしょうかね。なんとかならなかったんですかね。こんな被害が出る前に」。もう泣き声です。 【連載】私は忘れない 私は忘れない――東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から2021年3月で10年。いまもなお、多くの人が避難を強いられ、汚染水の問題も残り、廃炉に向けた長期作業が続きます。なのに、何事もなかったかのように、大量の電気を使う暮らしを変えず、成長を追い求めていいのでしょうか。原発事故に絡んで発信を続ける著名人に、改めて、その「思い」を聞きます。 「アナウンサーが泣き声で話すのは事件だ、まじめにやってくださいとか、子供が『ラジオが怖い』と泣き叫んでいます、といった声を(リスナーから)いただきました。 一方で、あの時、大和田さん、… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
春季皇霊祭の儀と春季神殿祭の儀 皇室15~21日予定
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笑いと汗止まらない オンライン手話講座 「壁」壊そう
笑いと汗が止まらない。講師は手も顔も、時に全身を激しく動かし、画面の向こうの参加者を笑かす。目指すは、壁を壊すこと。(花房吾早子) 拡大する画面越しに参加者の笑いを誘う(左から)石田竜士さんと中川綾二さん、岡﨑伸彦さん=2021年2月1日 「点呼ターイム! 呼ばれたら大きく手を振ってくださーいっ」。講師の中川綾二(りょうじ)さん(31)が目と口を大きく開き、手話と声で画面に向かって呼びかける。2月8日夜、2回目のオンライン手話講座が始まった。 最初は手話体操。大阪体育大卒業の石田竜士さん(35)が、体操のお兄さん風に画面に登場した。ラジオ体操第一の曲が流れる。「さあ、みなさんご一緒に」。体を動かしながら前回習った手話を復習する。 拡大する画面越しに表情豊かに手話を伝える(左から)石田竜士さんと中川綾二さん、岡﨑伸彦さん=2021年2月1日 「いいよー」「ばっちりー」。2人と共に講師を務める岡﨑伸彦さん(38)が満面の笑みで参加者の手話を褒める。 1時間余り続いた講座の最後は、アップテンポの音楽に合わせ、手話の単語を反復練習。「嫌い、好き、嫌い、好き」「しない、お願い、だめー」。参加者たちは、手と顔をめいっぱい動かしていた。 拡大する画面の向こうの参加者に向かって「見たい」の手話を伝える中川綾二さん(手前)たち=2021年2月8日午後7時45分、大阪市淀川区、花房吾早子撮影 講座は、手話を使ったコントや歌などを舞台で披露する一般社団法人「手話エンターテイメント発信団oioi(オイオイ)」(大阪市)の主催。2005年、聴覚に障害のある人とない人が一緒に結成し、全国各地で公演してきた。現在、聞こえない15人、聞こえる28人がメンバーだ。 今回の講座で中心的な役割を担う中川さんは「暗かった僕が、人前で笑いをとるなんて思いもよらなかった」と話す。 大阪府豊中市の出身。聴覚に障害のある父(61)と兄(33)、健聴者の母(59)の元で生まれ育った。自身も生まれた時から聴覚障害があり、右は列車の音、左は大声を近くで感じ取れるレベルだ。家庭では唇の形を読み取り、声を出して伝える口話でお互いに意思疎通をとってきた。 市立の小中学校の普通学級に通… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
食べるべきか食べざるべきか 故郷との「絆」が問われた
食べるべきか食べざるべきか。それが問題だ――。 東京電力福島第一原発の事故発生から1カ月余がたった2011年の春。福島県いわき市の実家の周辺では、春の山菜を食べてもいいのかどうか、という問題が持ち上がっていました。 田舎暮らしは、旬の食べ物が毎日の食卓にのぼるのが大きな魅力の一つです。 フキノトウやタラノメは、揚げたての天ぷらにビールという組み合わせが絶品です。新鮮なウドは酢みそあえ。ゼンマイは煮物に。タケノコも採ったその日のうちに素早くゆでてワカメを加え、みそ味の煮物にします。田んぼの土手に芽を出すワラビも、毎日とれたての味が楽しめます。実家では会津産の太くて柔らかいワラビも一年中、常備菜です。 母の大内富美子(ふみこ)(73)に、その当時のことを聞くとこんな答えが返ってきました。 拡大する帰省して味わう母の手料理。常磐沖はアンコウやメヒカリで知られるが、ナメタガレイ(右下)も冬の味覚だ=福島県いわき市 「タケノコもウドも食べたよ。うちのあたりは山の向きのせいか、数値が低かったみたい」 父の義洋(よしひろ)(78)が保管している資料を見ると、近くの施設で測った事故の翌年春の放射性物質の数値が記録されていました。 実家の母屋の裏で採れたタケノコでしょうか。あく抜き前(生)は、セシウム134が1キロあたり7ベクレル。セシウム137は24ベクレル。あく抜き後は同18ベクレル、34ベクレルとあります(ヨウ素131はともにゼロ)。飲料水などを除くと、国が定める一般的な食品の現行基準値は1キロ100ベクレルですから、食べても問題はない値でした。 当時60代だった両親に言わせれば、「うまいんだもん、問題ないなら食うべ」。即答でした。 当時30代だったぼくも、やはり「まあ、食べるよな。だって、うまいんだもん」。 でも、ぼくの妻子はどうでしょうか。とくに、当時3歳の長女・長男と1歳の次男は――。はたと困りました。 【連載】帰りなんいざ 福島へ(全10回)のページはこちら 実家の半壊や祖母の震災関連死。放射能の数値。そして両親は70歳代に――。東日本大震災の被災地である福島県いわき市に生まれ育った47歳の記者が、この10年間に故郷の農村と家族の身の回りに起きた出来事を、10回にわたってつづります。 致死量の毒が入っているわけで… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「学校で子供刺し殺す」投稿容疑 外国語指導助手を逮捕
岐阜県警捜査1課や海津署などは15日、米国籍で愛知県刈谷市松栄町3丁目、外国語指導助手(ALT)ハビック・ベンジャミン・ジョエル容疑者(43)を威力業務妨害の疑いで逮捕し、発表した。岐阜県警はジョエル容疑者の認否を明らかにしていない。 県警によると、ジョエル容疑者は1日、SNS上に「明日、岐阜県海津の小学校に行き、全ての子供たちを刺して殺す」という趣旨の言動をする動画を投稿。14日にこれを知った同県海津市教育委員会の職員に市内小学校への警戒手配などをさせ、業務を妨害した疑いがある。 海津市教委によると、ジョエル容疑者は今年1月からALTとして市内の7小学校で英語の授業の補助をしていた。学校とのトラブルなどは確認されていないという。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
小6の仲邑菫初段、史上最年少で二段昇段へ 囲碁
小学6年生の囲碁棋士、仲邑菫(なかむらすみれ)初段が15日、史上最年少の12歳0カ月で二段昇段を決めた。「第28期阿含・桐山杯」の予選で松原大成(たいせい)六段(48)に勝ち、女流棋戦を除く男女競合棋戦で通算30勝の昇段規定を満たした。16日付で昇段する。 一昨年4月、史上最年少の10歳0カ月でプロ入り。順調に勝ち星を重ね、今年1月から自己最多の10連勝で一気に最年少二段を決めた。1968年に趙治勲名誉名人(64)が達成した12歳3カ月の最年少記録を53年ぶりに更新した。 仲邑信也九段(47)のひとりっ子。3歳で碁を覚え、7歳から韓国・ソウルの道場で修業し急成長した。世界戦で長く中国・韓国の後塵(こうじん)を拝してきた日本棋院は仲邑に注目。2018年12月、将来の大器と見込む小学生を無試験でプロ採用する「英才特別採用推薦棋士」を新設し、第1号として迎えた。 父と同じ大阪の日本棋院関西総本部に所属していたが、「強い棋士やライバルがたくさんいる東京でがんばりたい」と今年1月、東京本院に移籍した。女流棋戦を含むこれまでの戦績は48勝25敗。(大出公二) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
家にあるもので常に作りたい 厚揚げのボリュームおかず
記事の後半で、作り方のポイントを動画でご覧いただけます ごはんラボ 家常豆腐 家常豆腐(かじょうどうふ、ジャーチャンドウフ)は、豆腐を高温で揚げ、野菜や乾物と炒め煮にしてとろみをつける中国料理です。「家で常に」の文字通り、その時にある材料で作られ、それぞれの家庭の味があるそうです。 今回は手軽に厚揚げを使います。豆腐よりも崩れにくく、揚げて香ばしさも加わった食材。豚バラ肉、キノコの味も出たピリ辛のたれを厚揚げに吸わせながら短時間で仕上げ、失敗がありません。野菜は小松菜以外にも、チンゲンサイなど火の通りやすいものでお試しを。ボリュームがあり、栄養バランスのよい主菜になります。 もう一品も中国料理のメニューで、怪味(かいみ)(ガイウェイ)は「複雑な味」という意味です。ゴマや香味野菜の香りに酸味や甘みが重なり、後を引く不思議な味わい。たれは、ゆでたモヤシ、豚しゃぶ、スティックサラダなどに幅広く使えます。こちらはよく味がからむように、あえる前に厚揚げをゆでて油抜きをします。(栗田優美) 家常豆腐 材料・2人前 料理監修:吉田勝彦さん(中国家庭料理ジーテン) □ 厚揚げ 240g □ エリンギ 40g □ シメジ 60g □ 小松菜 100g □ 豚バラ薄切り肉 100g □ 酒 □ しょうゆ □ 片栗粉 □ 黒コショウ 少々 □ 砂糖 小さじ1 □ トウバンジャン 小さじ1/2 □ 油 大さじ2 □ ゴマ油 小さじ1 【作り方】 ①小松菜は長さ3cmに切る。エリンギは長さを半分にし、縦半分に切ってから厚さ5mmの薄切りに。シメジは石突きを落としてほぐす。厚揚げは4cm角くらいに切る。 拡大するキノコはシイタケやマイタケでもよく、野菜はこれからの季節、キヌサヤやスナップエンドウもおすすめ ②豚肉を長さ3cmに切る。ボウ… 2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
国道沿いの古民家に入ると…昭和にタイムスリップ
奈良県香芝市の近鉄南大阪線・二上山駅から徒歩で5分。国道165号沿いに摩訶(まか)不思議な古民家がある。道行く人に一見廃屋かと思わせるような建物だが、中に入ると突然昭和にタイムスリップする。 日本のテレビ放送が始まって間もない頃のものと思われるテレビやローラー式洗濯機、冷蔵庫など「三種の神器」と呼ばれた電化製品。古時計や蓄音機をはじめ当時大流行したダッコちゃんやフラフープもある。それにもまして目を引くのはクラシックの軽自動車だ。昭和40年代の三菱ミニカのピックアップトラックやホンダZの360cc。またこの時代を生きてきた世代なら誰もが知っているオロナミンCの看板や映画「男はつらいよ」のポスターまでマニアも楽しめるグッズが至るところにひしめき合う。 実は計29もの様々なコーナーからなる集合店舗だ。お店の名前はMinca465。昭和レトロのアンティークを中心に扱っている。が、ただの雑貨店ではない。まるで映画の中に迷い込んだような錯覚に陥る。 この集合店舗を統括する代表の中尾憲二さん(66)が7年前に築約100年の古民家を改装して始めた。「元々は家主さんが解体してハイツを建てる予定だったんですよ」。建物内部の独特の梁(はり)や風通しの良さを気に入った中尾さんは交渉の末、賃貸契約を結ぶ。最初は1人で始めたが、お客さんの話を聞いた人たちや知り合いなどから間借りの依頼が次々と来た。その結果、雑貨とは無縁のレイキヒーリングや占い、ネイルサロン、イーネオヤと呼ばれるトルコの伝統手芸、カフェなどが混在する現在のような異空間が出来上がった。 昨年中尾さんは古民家の中庭に木材で床を張り屋根を作って展示スペースを拡張した。経費を節減するため自分で大工もやりながら約400坪ある土地を有効活用している。 「日本各地から来客があるんですよ。中には昼食を挟んで6時間も見ていく人もいます」。インスタなどのSNSでMinca465を知ったマニアたちがまったりとした時間を過ごす穴場になっている。若い人たちには見たことのない新鮮さがあり、お年寄りには懐かしい感覚を呼び起こすのではと中尾さんは話す。「ついこの間、小学校の女の子が昭和のお弁当箱と水筒を買っていきました」 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル