特定危険指定暴力団・工藤会(北九州市)のトップで総裁の野村悟被告(74)に先月、死刑判決が言い渡された。指定暴力団トップに死刑が言い渡されるのは初めてとみられる。野村被告ら工藤会幹部を次々と逮捕することになる福岡県警の「頂上作戦」で、2014年の着手時に最前線で指揮した尾上芳信刑事部長に判決の意義を聞いた。 ――判決をどう聞いたか 午前10時から午後4時ごろまで続いた判決を、最初から最後まで傍聴した。主文の言い渡しは後回しで、厳刑とは思っていたが最後までわからなかった。だが終盤、裁判長が量刑の理由のなかで「極刑の選択がやむを得ないと認めるほかはない」と述べた瞬間、隣に座っていた同僚と目を合わせてうなずいた。思わず前のめりになった。 実行役が起こした事件の刑事責任を組織のトップにも認めた。暴力団犯罪の抑止につながるという意味で、画期的な判決だ。 工藤会事件をめぐっては、多くの県民が犠牲になってきた。外を歩くのが怖いと思う人や、悔しい思いを抱く被害者や遺族がいる。この判決がそんな人たちに少しでも報いることになったのであれば幸いだ。 ――19年10月から続いた公判で感じたことは 初公判を含めて10回ほど傍… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:777文字/全文:1291文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
日本一夕日が美しい無人駅 「何もない」を宝に変えた10年後の転機
駅員が終日いない「無人駅」が各地に増える中、観光スポットや地域の拠点として、鉄道会社や住民が活用を進めている。雄大な景色や駅直結のキャンプ場など、無人駅の魅力はさまざまだ。ただ、駅の無人化には安全性や障害者の移動の制限といった課題も多い。 目の前に瀬戸内海、ゆったり時間 小さな駅のホームの目の前には、見渡す限りの瀬戸内海が広がる。ベンチに座って海を眺めていると、時間がゆっくりと流れるような感覚になる。 海に近く「インスタ映え」するとして人気を呼んでいる下灘駅=愛媛県伊予市 JR四国の予讃(よさん)線・下灘(しもなだ)駅(愛媛県伊予市)は、単線の無人駅。ある晴れた日の夕暮れ時、カップルや家族連れなど50人ほどが海を見つめていた。お目当ては、空と海が青や茜(あかね)色のグラデーションに染まる「マジックアワー」だ。 2人組の女子大学生は「海が近く、こんなにきれいに夕日が見えるなんて」と、まぶしそうに眺めていた。県庁所在地の松山市から列車で約1時間かかり、駅には1時間に1本ほどしか止まらない。それでも「最高に映える景色。来てよかった」と、カメラのシャッターを切っていた。 「日本一夕日の美しい駅」と言われる下灘駅。瀬戸内海に夕日が沈む=愛媛県伊予市 JR四国によると、下灘駅は1935年にできた。住民の足だけでなく、ミカンを運ぶ拠点としてにぎわった時期もあった。だが車の普及などで利用が減り、86年に無人駅となった。 転機は10年ほど後に訪れた… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:1329文字/全文:1886文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
また笑顔であいさつを…再建へ歩み 熱海土石流2カ月 1人行方不明
会員記事 和田翔太 村野英一 植松敬2021年9月3日 14時45分 熱海市伊豆山で大規模な土石流が発生して3日で2カ月となる。いまも避難所での生活を余儀なくされている人たちもいる。1人の行方不明者の捜索も続く。そんな中、復興に向けた動きも始まっている。 あれから2カ月。伊豆山地区で夫とクリーニング店を営む岡本尚子さん(68)は、再開に向けて歩み始めている。 あの日、店内には大量の土砂が流れ込んだ。当時、店にいた尚子さんも腰まで土砂に覆われた。「シャッターを閉めようとしたら急に土砂が来て。これはもうダメだと思って、四つんばいで必死に逃げました」 幸い夫婦は無事だったが、店にあった洗濯機、ボイラー、乾燥機、プレス機などクリーニング機器はすべて土砂に埋まった。壁や床も泥まみれになり、店は休業せざるを得なかった。 被災後、夜になると不安に襲われた。「これからどうしようか。いつ再開できるのか」。後ろ向きな考えばかり浮かんだが、店をやめようとは思わなかった。 伊豆山地区にクリーニング店は1軒のみ。地域の人にとってなくてはならない存在だ。「待っているよ」「頑張ってね」「少しずつでもいいから、いい方向に頑張って行こう」。被災後、たくさんのひとから励ましの言葉をもらった。 「命があって、再建に向けて… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:1526文字/全文:2048文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
Le premier ministre japonais Yoshihide Suga, qui n’est pas candidat à sa réélection, va quitter le pouvoir
Le premier ministre Yoshihide Suga lors d’une réunion de son cabinet à Tokyo vendredi 3 septembre 2021. AP Un an après sa prise de fonctions, le premier ministre japonais Yoshihide Suga a décidé qu’il ne se représentera pas pour présider le Parti libéral-démocrate (PLD) lors d’une élection du parti prévue pour […]
自宅療養が急増、配食「1週間待ち」 解除2日前に届いた例も
新型コロナウイルスの感染拡大により自宅療養者が急増する中、自治体による食料の配達に遅れが生じている。各地で当初の想定を上回る状況になっており、「1週間待ち」のところも。一方で、自治体に頼らない「共助」の動きも出始めている。 「ほしい時に来ない」 注文1日千件超 東京都大田区で一人暮らしの20代の保育士女性に保健所から連絡があったのは感染判明から3日後。そのやり取りの際に配食サービスを希望したが、届いたのは感染から6日後だった。女性は「配食はありがたいけれど、ほしい時に来ない」という。 「食料を送ってくださるよう電話したら1千人以上待ちだそうです」「自宅療養期間終了したところで自治体から食品が届いた」「(保健所から)食料調達も自己管理でと言われた」。SNS上でもこうしたつぶやきが散見される。 東京都防疫・情報管理課によると、配食を希望する自宅療養者は8月下旬時点で1日1600~1700件。保健所から連絡を受け、午前中までに依頼すればその2日後に届くようになっている。ただ、保健所の連絡が遅れることに伴い、配食も遅くなる場合があるとする。 「感染者数の急増に伴い、ただいま申込から配達までにお時間を要しています」「申込から配達までの期間は、数日程度」とホームページ(HP)で記載しているのは千葉県。県健康づくり支援課によると、当初は自宅療養者が保健所に電話して受け付けていたが、感染者数急増で8月上旬ごろから回線がパンク状態に。また、1日あたりの配達件数を2・5倍の約500件に増やしたが、保健所からの依頼が遅れ、時間がかかる場合があるという。大阪市では1日で200件が限界という配達件数に対し、希望は300件ほど。「1週間程度待ってもらう場合もある」と担当者。神奈川県も7月の配食希望数は1日100件ほどだったが、多いときで1400件ほどに急増したという。 埼玉県もHPで「感染者の急増により、御希望に添えない場合があります」としている。食料配達業者に繰り返し増産を依頼しているが、担当者は「限界がある」という。 一方、自治体から委託を受け… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:895文字/全文:1778文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
選手の出待ち?いいえお目当ては… バス好きたちの熱い夏
東京・晴海のパラリンピック選手村の周辺でカメラを構える人たちがいる。選手らを乗せた大型バスが近づくと一斉にシャッターを切る。パラ選手の熱心なファンだろうか。一人の男性が答えてくれた。「いいえ、バスです」 名古屋、大阪、金沢、鹿児島……。東京オリンピック(五輪)やパラリンピックでは選手や関係者の輸送のために、全国各地のバス会社から大型バスが数千台集まっている。10分ほど見ているだけでもあちこちのナンバーのバスが通る。バスを眺め、写真を撮るのが目的だという。 「本来ならその地方に行かないと見られないバスがここで一気に見られる。興奮します」と会社員の柏木瑛人さん(23)。ここに立つのはこの日が2度目。特に年式の古い車体が好きで、古いバスが多く残る沖縄までわざわざ乗りに行ったこともあるという。 一緒に訪れた元同僚の赤井田… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:781文字/全文:1146文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
扉の向こうは別世界? 「東洋のマンチェスター」今に伝える綿業会館
綿業会館=2021年8月20日午後4時20分、大阪市中央区備後町2丁目、新谷千布美撮影 大阪のビジネス街を歩いていると、ふいにれんがに覆われた端正な建物が現れた。三休橋筋(さんきゅうばしすじ)にある「綿業会館」(大阪市中央区)。玄関前にはガス灯も並び、そこだけ時がさかのぼったようだ。建てられてから今年でちょうど90年だと聞き、取材に向かった。 綿業会館の地図 竣工(しゅんこう)は1931(昭和6)年。大阪が「東洋のマンチェスター」と呼ばれ、日本がイギリスを追い越し、綿製品の輸出量世界一に躍り出ていった時代だ。 建てたのは、紡績業や繊維業の関係者による社交クラブ「日本綿業倶楽部」。今回、総務部長の吉山裕二さん(53)に案内してもらった。 吹き抜けの玄関ホール=2021年8月20日午後3時29分、大阪市中央区備後町2丁目、新谷千布美撮影 「普段は会員の方か、その紹介がないと入れません」と吉山さん。いまも会合や会食の場として使われるという。 日本の近代建築の傑作といわれる綿業会館を記者が訪ねました。記事の後半では、まるで異国にいるかのような扉の向こう側を紹介します。 中に入ると、渋い外観からは… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:762文字/全文:1102文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
Kodai Senga pitches Hawks past Eagles in front of vaccinated fans
Fukuoka – Kodai Senga struck out eight over seven innings as the Fukouka SoftBank Hawks ace pitched the defending Pacific League champs to a 5-2 win over the Tohoku Rakuten Golden Eagles on Thursday. Senga (4-1) allowed two runs at Fukuoka’s PayPay Dome, but none before he held a 5-0 […]
逮捕の17歳兄も「ある意味で被害者」 大津小1死亡、県が検証部会
妹(当時6)を暴行して死なせたとして、兄で無職の少年(17)が傷害致死の非行内容で大津家裁に送致された事件をめぐり、県の児童虐待事例検証部会(部会長=野田正人・立命館大大学院特任教授)が8月30日、大津市内で開かれた。事件までの経緯を確認し、県内外の児童相談所の連携について話し合った。今後、会議を複数回重ね、再発防止策をまとめる。 兄妹を見守っていた大津・高島子ども家庭相談センター(県の児童相談所)によると、兄は京都府、妹は大阪市の児童養護施設で暮らしていたが、妹が小学1年生になった今年4月ごろから母親と大津市で暮らし始めた。 妹は8月1日、市内の児童公園のジャングルジムの下で倒れているところを救急搬送され、病院で死亡が確認された。一緒にいた少年は「ジャングルジムから落ちた」と近所の人に119番通報を頼んだが、県警は死因を暴行と判断し、4日に少年を逮捕した。 捜査関係者や近所の住民らによると、母親は留守がちで、少年は「妹の世話がつらかった」との趣旨の説明をしているという。少年は25日に家裁に送致され、2週間の観護措置となった。今後、検察官送致(逆送)や少年院送致などの処分を決める。 検証部会は弁護士や医師、元児童相談所長ら7人の委員で構成。まず、亡くなった女児に黙とうをささげた。 県子ども・青少年局の奥田康博局長は「家庭相談センターなどの支援機関が関わりながら事件を防げなかったことを重く受け止めている。検証結果を今後の適切な支援につなげたい」とあいさつ。その後、会議は非公開になった。 終了後、野田特任教授が記者会見を開き、内容を説明。大津・高島子ども家庭相談センターや県の担当者から経緯を聞き、今後の調査について、委員が意見を出し合ったという。 野田特任教授は「兄も妹も、行政が手の内に入れていたが、家庭に帰し、最悪の結果になった。家庭の要因だけではなく、行政としてどうあるべきだったか、しっかり考えることが重要だ」と強調した。 委員からは京都や大阪の児相を念頭に、「児童相談所の間でどのような引き継ぎがあったのか」などの質問が出たという。今後、兄妹にかかわった県外の児相などに調査への協力を求めることも検討する。 野田特任教授は「十分に養育されていない子どもが加害者になってしまった。子育て行政の面でみれば、2人とも、ある意味で被害者という側面も見落とせない」と話した。(鈴木洋和) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「一から考える必要ある」 建築家が語るオリパラとコロナ後の街
10月に始まるドバイ万博の日本館のデザインなどを手がけた建築家の永山祐子さん(45)は、東京の街づくりにとって、五輪・パラリンピックの翌年の2021年こそが重要になると考えてきた。今回の東京大会で都市や建築はどう変わったのか。あるいは、バリアフリーの視点はどう生かせるのか。2児の母親でもある永山さんに、話を聞いた。 ◇ 五輪やパラリンピックがあれば、開催都市には何らかの変化があります。でも大事なのはむしろこうした巨大イベントが終わり、日常に戻った翌年以降です。そうした考えから2019年に建築展などからなるイベント「TOKYO2021」の企画アドバイザーを務めました。皮肉にも、大会の開催が2021年になってしまったのですが。 1964年の五輪の時は、首都高速道路などの都市インフラが整備され、日本武道館や丹下健三さん設計の国立代々木競技場が都心にできました。それに比べ今回は、国立競技場は建て替えられましたが、ほかの新施設はほとんど湾岸地区にできて、日常の暮らしに大きな影響を与えるものではなかったと思います。 今回は結局、新型コロナウイルスの感染拡大ということで、仮想空間の存在が大きくなったと思います。ウェブ会議など仮想空間の使い方が進んだところで、五輪・パラリンピックが無観客で始まった。配信も充実し、テレビも含め競技をバーチャルで見ることになりましたが、それでも親しみを感じる。仕事や移動の途中に楽しんだ人もいると思います。 テレワーク推進などの動きは以前からありましたが、コロナ下の状況が大きく後押ししたとも言えます。私は実は、JR高輪ゲートウェイ駅(港区)前のパブリックビューイング会場のデザインを手がけていました。工事は進んでいて、2020年に大会があれば完成していたはずなのですが、延期になったために、工事は途中で終わってしまいました。メインの場所も、基礎のコンクリートを打って、鉄骨まで用意していたんですけどね。本当なら競技の映像を楽しむための一つの場になっていたはずです。 60年代の丹下さんたちは、これからの東京を造らなければならないという思いだったのでしょうが、私たちの世代は、もうできている都市をどう読み取り再生させるか、と考えます。最初にお話しした建築展でも、東京湾に浮かぶ1キロ四方の仮想の島を舞台に、議論やワークショップを重ねて、今の東京を批評し、これからの都市について考えました。 五輪やパラリンピックはもともと、そんな風に都市について考えるきっかけになっていました。それが「2021展」の原動力にもなっていました。この展覧会の記録集のような本も、近く出版される予定です。 私自身は、都市を俯瞰(ふか… この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。 残り:1040文字/全文:2172文字 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル