植松敬2022年8月11日 17時00分 新型コロナウイルスの感染が広がるなか、3年ぶりに行動制限のない帰省シーズンを迎えた。東京駅は11日、帰省する家族連れなどでにぎわった。JR各社によると、コロナ前には及ばないものの、新幹線の指定席予約は昨年から大幅に増えているという。 東京駅ホームで新幹線の到着を待っていた都内の男性会社員(44)は、兵庫県の実家に向かうという。「正直、コロナが広がる状況にも慣れ、移動だけなら気にならない。ただ、帰省先での飲み会は控えたい」。5年ぶりに愛媛県の祖父母の家に行く都内の高校1年の女子生徒(16)は、事前にPCR検査で陰性と確認した。「来年は受験の準備もある。行動制限のないうちに、顔を見せに行っておきたい」と話した。 JR東海によると、東海道新幹線の指定席はお盆期間(10~17日)に73万席(7月25日時点)の予約があり、昨年の約3・3倍に増えた。JR東日本によれば、東北、北陸新幹線などには57万席(7月26日時点)の予約があった。コロナ前の2018年の4割減だが、昨年比で約2・4倍となった。(植松敬) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
コロナ時代の登山、どう楽しむ 感染対策・山小屋・初心者の対策は
耕論 コロナ時代の山登り 山をめぐる環境が様変わりしている。感染対策に気を使い、登山道維持のため協力金を求める動きも出てきた。11日は「山の日」。コロナ時代の登山文化や楽しみ方を考えてみたい。 国際山岳医の大城和恵さんは、医療現場の負荷にならない登山を提案します。北アルプス山小屋友交会会長の山田直さんは、山小屋が抱えてきた課題を指摘。俳優の石丸謙二郎さんは50歳近くで再開した登山の魅力を語ります。 登山そのもののリスクに加えて感染対策を 国際山岳医・大城和恵さん 登山は、心身のストレスを解消し、健康増進にもつながります。私も先月下旬、新型コロナの感染対策を徹底しながら、久しぶりに北アルプスに登ってきました。 一般的に登山中に感染することは考えにくく、混雑していなければマスクは必要ありません。すれ違いなどで「密」になる場合には、日本てぬぐいをザックのベルトにしばっておいて、それで口を覆うようにしています。 注意が必要なのは、行き帰りの交通機関や山小屋、食堂など屋内で人が集まるところです。不織布マスクで鼻、あご、ほおを隠し、隙間がないように着けます。消毒用のジェル、使ったティッシュやマスクを入れる密閉式の袋も持っていく必要があります。 新型コロナは飛沫(ひまつ)やエアロゾルで感染することが分かってきました。登山前の検温で平熱でも、ウイルスに感染していて山に持ち込む可能性はあります。 食事のときは、黙食を徹底しましょう。食事中の会話や、歯磨きなど、うっかりやってしまいがちな行動については、山小屋や食堂のスタッフの方が、具体的に説明して行動の変化を促していただければと思います。 換気も大事です。今回、山小屋に泊まった私は、窓を開けて回りました。また、感染者が使った寝具でウイルスが多く検出された報告があったことから、持参したシュラフ(寝袋)カバーをかぶって布団の中で寝ました。 「登山を自粛すべきか」「山… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
東京方面に上がった炎、広島で見た光景 原っぱで聞いた信じがたい声
海軍通信兵だった山形県高畠町の斎藤誠さん(100)は、朝鮮半島に向かう途中の九州で玉音放送を聞いた。正しい戦況は伝わっておらず、最後まで勝つと信じていたという。 戦火の中で青春を過ごした人たちは、百歳前後になろうとしています。その体験をいま、書き残しておきたい。戦後77年の夏、あらためて耳を傾けました。 二十歳で徴兵検査を受け、舞鶴海兵団(京都府)に入団。横須賀海軍通信学校(神奈川県)に合格し、戦時中のため本来は2年間の教育を1年間に詰め込む猛勉強の日々でした。トン・ツーのモールス信号、暗号を使った電報の送受信ですね。傍受したアメリカの暗号を解読する兵隊もいました。 舞鶴航空隊と防備隊を経て、新しい駆潜特務艇に設備を付ける任務に就きました。磁気・電波探知機で敵の潜水艦の位置をさぐる船で、海軍工廠(こうしょう)の職工さんに「ここに電信機を付けて」などと指示していました。 船が完成すると乗組員になりました。「台湾沖海戦に向かう」と聞き、もう最後かと覚悟しました。ところが突然、ほかの部隊の兵隊が乗ることになり、私を含めて10人ほどが下船。九死に一生を得ました。聞くところでは、船はその後、やられました。 その後、藤沢(神奈川県)で高等科練習生として航空無線整備教育を受けました。1945年3月、藤沢上空をものすごい数のアメリカの飛行機が行き交い、東京方面で炎や煙が上がりました。 東京大空襲です。無数の焼夷… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
南アで発見の遺体、逃亡の男と「矛盾なし」 DNA型鑑定で
2022年8月11日 14時15分 19年前に東京都奥多摩町の山中で男性の切断遺体が見つかった事件に関わったとして、殺人容疑などで国際手配されていた松井知行容疑者の親族のDNA型と、南アフリカで死亡した男の遺体のDNA型を鑑定した結果、「松井容疑者本人と矛盾しない」と確認されたことが捜査関係者への取材でわかった。 捜査関係者によると、現地当局から情報を受けた警視庁は先月、捜査員を現地に派遣。松井容疑者の親族のDNAの検体を持ち寄り、埋葬されていた遺体のDNA型鑑定を現地当局に依頼していた。今後、日本国内でも鑑定を行い本人と確認したうえで、被疑者死亡のまま書類送検して一連の捜査を終える。遺体は17年12月に南ア国内の海岸で自殺したとみられる状態で発見されていた。 松井容疑者は2003年9月、仲間と共謀して元飲食店員の古川(こがわ)信也さん(当時26)を殺害し遺体を切断して一部を奥多摩町の山中に遺棄したとして、04年4月に国際手配されていた。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
母亡くした赤、7羽の母鳥になり里帰り ライチョウ「復活作成」成功
【動画】那須どうぶつ王国のライチョウ3家族里帰りへ。緊張と喜びと涙の見送り=小野智美撮影、那須どうぶつ王国提供 那須どうぶつ王国(栃木県那須町)は10日、この春に繁殖させたライチョウ3家族19羽を中央アルプス(長野県)へ返した。日本産希少種を動物園で増やして野生へ復帰させる国内初の「復活作戦」第1弾の終了だ。昨年8月に那須へ来た1家族が3家族に増えて里帰りし、1年がかりの園の夢がかなった。 この日午前11時すぎ、園の農場から3家族を乗せたヘリが飛び立った。3家族は雌3羽とヒナ16羽。旅支度は担当チームの獣医師原藤芽衣さん(32)、飼育リーダー荒川友紀さん(30)、飼育員の平居未羽さん(23)と大木優華さん(23)の4人が引き受けた。 ライチョウの母子はつながりが強く、引き離せば命取りにもなる。1羽あるいは数羽ずつ洗濯ネットに入れ、1家族を一つの段ボール箱へ。互いの姿が見えて声も聞こえるので安心だ。 事故がないよう4人は作業を急いだ。原藤さんと荒川さんは服がフンにまみれてもかまわず捕獲へ。平居さんと大木さんは収容を誤らないように佐藤哲也園長(65)と声をかけ合った。 ヘリに乗るのは佐藤園長だけ。「お願いします」と声を合わせる4人に、「わかりました」と園長は緊張の面持ちでほほ笑んだ。 飛び立つヘリに荒川さんは涙が止まらない。「1年前、ヘリでやってきたヒナがお母さんを亡くしても頑張って育ってくれて、親になって帰っていく」 雌3羽は足輪の色で「赤」「黄色」「白」と呼んでいる。 赤たちが母鳥と中央アルプス… この記事は有料会員記事です。残り352文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 【無料会員限定】スタンダードコース(月額1,980円)が3カ月間月額100円!詳しくはこちら Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
阿波踊り、いざ本番 工夫重ねた学生連「来年以降につながる踊りを」
東孝司2022年8月11日 10時30分 数多くのベテランが所属する阿波踊りの有名連と違い、大学生で構成する連は卒業や入学でメンバーが入れ替わる。屋外演舞場を含む本格的な阿波踊りが2年続けて開催されなかったことで経験者が少なくなり、活動が途絶えかけた連もあるが、何とか踊り手を集め、3年ぶりの本番を迎えようとしている。 徳島大学理工学部応用化学システムコースの学部生や大学院生でつくる「化応連」は、伝統ある学生連のひとつ。研究室に配属された学部4年生と修士1年生を中心に連を構成するのが近年の慣例だった。その年の修士1年が取り仕切ってきたが、2年続けて阿波踊りの機会がなかったため、今年の修士1年に本番を知る人はいなかった。 夏に向けて連を立ち上げられないまま、ずるずると時間だけが過ぎていく。いつもなら練習を開始している6月になっても始動できなかった。 この危機に、3年前に学部3年の時に阿波踊りを経験した修士2年の3人が、急きょ運営に加わることに。本番までの流れを詳しく知る修了生に連絡を取ったり、過去の資料を読み込んだりして、態勢を整え始めた。 2年のブランクで連の知名度が低くなり、連員集めにも苦労した。かつては100人を数えたが、今夏は全学年に参加を呼びかけて何とか約40人をそろえた。 こうして練習を始めることができたのは7月上旬になってからだった。 創成科学研究科修士2年の藤原望恵(もえ)さん(25)は始動が1カ月遅れた焦りを感じながらも、「この連を来年以降にもつなげなければ」と、研究の合間を縫って後輩たちに踊りのフォーメーションなどを伝えてきた。 3年前、「せっかく岡山から徳島大に来たのだから阿波踊りをやってみよう」と参加。鳴り物の生の演奏に合わせて踊ることが新鮮だった。「ふだん忙しくてあまり話せない友人や先輩後輩など、関わりのないまま卒業していたかもしれない人たちと、親しくなれる良い機会」とも感じた。後輩たちにもそんな経験を積んでほしいと願っている。 ほかの学生連も、真夏の屋外での阿波踊りを知らない学生が多いという事情は同じ。過去の映像を見返したり、数少ない経験者に教えを請うたりしながら、準備を重ねている。(東孝司) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「宇宙から声、うれしすぎる」 京都の小学生、米国飛行士と無線交信
小西良昭2022年8月11日 10時30分 宇宙飛行士と無線で話したよ――。京都府宇治市の市立北小倉(きたおぐら)小学校(中野正彦校長)で夏休み初日の7月21日夕、4~6年生20人が国際宇宙ステーション(ISS)とアマチュア無線で交信した。英語で尋ね、米国の飛行士が答えた。 学校創立50周年記念として3月、米航空宇宙局(NASA)の教育事業に申請した。「50周年 北小倉小」にちなみ「50K」の文字を含む臨時無線局のコールサイン「8N350K」を総務省から得た。アマ無線家らが6月、ISSの軌道を追える高さ約4メートルのアンテナを校舎屋上に設けた。児童たちは当日までに交信練習を3回重ね、家でも質問の英語を練習した。当日もリハーサルを重ねた。 交信はISSが日本上空400キロを通る約10分間。午後5時42分から始まった。質問を受けたNASAのチェル・リングリン飛行士=台湾生まれ=が「宇宙に持って行くのを諦めたものは家族」「お風呂はない。体を拭くだけ」「無重力で寝袋を使う。雲の中のようによく眠れる」「洗濯はせず、しばらく同じ服を着て捨てる。水がとても大事だから」「つらかったのはISSで必要なロシア語の勉強」などとISSの生活を答えた。「学校50周年おめでとう」とも伝えた。交信の様子は体育館に集まった児童、保護者らに中継した。 5年の根岸明加理(あかり)さん(11)は「宇宙から声が返ってきて緊張しなくなった。うれしすぎる。高校生になったら無線の免許を取って、いろんな国の人とつながりたい」、英検4級を持つ江本愛(まな)さん(11)は「つながって奇跡だと思った。家でもたくさん練習した。英語がペラペラになりたい」と話した。無線免許を持ち、指導した杉浦雅人講師(61)は「またとない経験に頑張ってくれて、感動した。自信をつけて、科学や宇宙、無線にも興味をもってほしい」と喜んだ。 北小倉小は周辺の児童数が減るために4年後に閉校し、近くの小学2校、中学1校との一貫校に統合される計画だ。(小西良昭) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
ギリギリの決断、霧中を飛んだヘリ ライチョウ22羽が頂に降り立つ
中央アルプスで環境省が進める国の特別天然記念物・ライチョウの「復活作戦」が最終段階に入った。10日、動物園で繁殖させたヒナ16羽を含むライチョウ22羽が空路で木曽駒ケ岳(標高2956メートル)山頂付近に運ばれた。保護ケージの中で、ヒナたちは元気に動き回ったり、飛んだりしているという。1週間ほどケージの中で環境に慣れさせた後、放鳥される予定。 この日、木曽駒ケ岳の山頂付近は朝から霧に覆われていた。当初は早朝に発つ予定だったヘリコプターは出発延期に。正午ごろに霧が明けるとみて、那須どうぶつ王国(栃木県那須町)からヒナ16羽と母鳥3羽を乗せたヘリが午前11時10分に出発。だが、正午を過ぎても霧は晴れず、直前で着陸を断念し、ふもとのヘリポートに移動した。茶臼山動物園(長野市)からの成鳥3羽も合流し、そこで次の機会を待った。 段ボール箱に入ったまま長時間を過ごすことはライチョウのヒナの体力を消耗させる。午後2時を過ぎても、山頂付近の霧は深いまま。環境省の職員らは空路をあきらめ、陸路での移送に切り替えることを決定。ヘリなら10分程度で済むところを車とロープウェー、徒歩で計1時間半ほどかけて運ぶことになる。環境省職員が方針変更を報道陣に説明している最中、別のスタッフが叫んだ。 霧が「開けた!」 叫んだスタッフ 「開けた!」… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
動物園生まれのライチョウ、中央アルプスへ移送 生息地の復活なるか
菅沼遼2022年8月11日 7時30分 長野県の中央アルプスで半世紀前に絶滅したとされる国の特別天然記念物・ライチョウの復活作戦を進める環境省は10日、動物園で生まれたヒナ16羽を含むライチョウ22羽をヘリコプターで木曽駒ケ岳(標高2956メートル)山頂付近に移送した。動物園生まれのライチョウを野生に帰すのは初の試み。成功すれば生息地の復活に大きく近づく。 天候不良で当初予定から8時間ほど遅れた午後2時40分ごろ、運ばれた箱の中から親の成鳥6羽とヒナ16羽が出てきた。約1週間、保護ケージ内で現地の環境に慣らした後、放鳥する。ヒナが親離れする10月上旬ごろまで無事に生き残れば来夏に繁殖できる可能性が高まり、作戦成功に前進する。 ライチョウは、環境省のレッドリストでは「絶滅危惧ⅠB類」に分類されている。中央アルプスでは半世紀前に絶滅したとされていたが、2018年に木曽駒ケ岳で北アルプス方面から飛来したとみられる1羽のメスを確認。これを機に環境省は20年8月、北アルプスの乗鞍岳から19羽を中央アルプスに移送するなど復活作戦に着手し、そこから昨夏に11羽を那須どうぶつ王国(栃木県)と茶臼山動物園(長野市)に移して繁殖させていた。今夏、両園で卵計28個が孵化(ふか)し生育したヒナのうち発育のいい那須の16羽が今回、親鳥の「故郷」に帰された。 今回の移送分を除いて中央アルプスでは現在、40羽前後が生息するとみられ、環境省は25年までに成鳥を100羽前後に増やす計画。復活作戦の指揮をとる中村浩志・信州大名誉教授は「このままうまくいけば、来年にも100羽にも増やすことができそうだ」と話した。(菅沼遼) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
富士山を探して 消えた富士見坂、世界が認める絶景…変わりゆく眺め
8月11日は「山の日」。「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」という趣旨で、2016年から祝日になった。 標高3776メートルの日本一の霊峰、富士山。いままでどれほど多くの人たちが富士山に親しみ、感謝をしてきたのだろう。世界文化遺産でもある雄大な姿は、信仰や芸術の対象となり、日本人の心のふるさとにもなっている。 富士山は至る所から見ることができ、人々は様々な思いを抱いてきた。 朝日新聞東京本社は以前、東京・有楽町にあった。現在は有楽町マリオンがある場所だ。終戦から9年、1954年に本社から撮影された写真には、帝国ホテルや日比谷公会堂のはるか先に、富士山の頂が顔をのぞかせている。 車窓から、都心から望む富士山 さらに9年後の写真。63年のアサヒグラフには、大阪発東京行きの臨時列車「新婚列車ことぶき号」の車窓から富士山を眺めるカップルの姿が掲載された。新しい人生への旅。ふたりの目に富士山はどう映っていたのだろう。 このころ、東海道新幹線の開通に向けて急ピッチで建設工事が進められていた。同年に静岡県吉原市(現・富士市)で撮影された写真には、富士山を背景に、新幹線が通る予定の高架が延びる様子が収められている。 東京駅から新大阪駅を結ぶ東海道新幹線は翌64年、東京五輪の開会式直前の10月1日に開通した。下りでは右手に、上りでは左手に、富士山を仰ぎ見ることができる。いつの時代も、東海道新幹線で旅するとき、富士山は車窓の楽しみになっている。 富士山の姿は、東京の都心からもよく見えた。 75年に新宿副都心で撮影された写真には、高層ビルの谷間から富士山がくっきり。京王プラザホテル(高さ178メートル)や新宿住友ビル(同約210メートル)など70~80年代にかけて新宿駅西口側に広がる超高層ビル群が生まれたが、それらの建物の間からも遠くの富士山を見ることができた。 しかし、そんな光景にも変化が訪れる。 新都庁建設で「富士山どこだ」 多くの人が様々な思いを抱いて見つめてきた富士山。時代は移り変わり、東京の都心から富士山が眺めにくくなっていきます。記事後半では、朝日新聞フォトアーカイブ(https://photoarchives.asahi.com/)収録の写真とともに、消えてしまった富士山の眺望や、いま人気の絶景スポットなどを伝えます。 「富士山どこだ 都庁舎移転で見えにくく」 87年6月24日付の朝日新聞夕刊(紙面は東京本社版)にそんな見出しが載った。記事にはこう書かれている。 「東京・新宿の副都心にそび… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル