津布楽洋一2022年12月11日 9時00分 【動画】チョウのサナギを飾った「黄金のクリスマスツリー」=津布楽洋一撮影 金色に輝くチョウのサナギをクリスマスツリーの飾りに使った「黄金のサナギツリー」の展示が、栃木県真岡市の井頭公園「花ちょう遊館」で始まった。25日まで。 サナギツリーは、様々な気候帯に生息する植物やチョウなどを展示している花ちょう遊館の冬の恒例行事だ。外の気温はひとけたに下がっても、館内の温度はチョウが活動しやすい23~24度に保たれている。 沖縄の県のチョウ・オオゴマダラや、ツマムラサキマダラ、リュウキュウアサギマダラなどが飛びまわり、それぞれの金色、銀色、緑色のサナギ計100個以上が、高さ約2メートルのモミの木のツリーに生きた状態で取り付けられている。 サナギには人工の着色などは施していない。自然の色のままだ。館によると、オオゴマダラの金色は「警告色」で、鳥に食べられないようにする効果がある。 ツマムラサキマダラの銀色は「鏡面光沢」で、周りの風景に溶け込んで存在を分かりにくくし、敵の目を欺いている。 クリスマスの時期には羽化 サナギはクリスマスの時期に羽化する見込みで、訪れる時期によってはチョウになる姿が見られるという。 担当する主任専門員の西舘良平さんは「きれいな光沢をしているサナギをぜひ見ていただきたい」と話している。 入館料は大人440円など。火曜日休館。(津布楽洋一) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
食材は「命をいただくもの」 アイルランド留学で農業の尊さに開眼
亡き妻の舘野真知子(5月に他界、享年48)は28歳でアイルランドの料理学校へ留学しました。僕と知り合う、ずっと前の話です。 そこはバスが1日に1本だけの田舎町で、最初の授業は「みじん切り」でした。日本にいたころは病院の管理栄養士として毎日大量の野菜を切り刻み、両親の反対を振り切って海外にやってきた。しかし数日経っても「基本のき」のような指導が続き、とても戸惑ったそうです。もっと高度な技術を教えてほしいと先生に訴えたところ、こんな答えが返ってきました。 「料理は80%が素材で決まります。ここはそれを学ぶところ」 学校の敷地は160ヘクター… この記事は有料記事です。残り1236文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
被爆2世、苦しみずっと 遺伝的影響の可能性は 長崎地裁12日判決
被爆2世に対する援護策について国の責任を問う訴訟の判決が12日、長崎地裁である。原爆で被爆した親を持つ2世への遺伝的影響の可能性、援護の必要性を司法がどう判断するのかが注目される。 「あなたにも影響があるかもしれない」 小学校高学年の頃、両親からそう言われたことを、箕田(みのだ)秀美さん(65)=長崎県長与町=は覚えている。 原爆が投下された時に福岡県内にいた父は、長崎市内のかつての勤務先に向かい、入市被爆した。母は、長崎市に隣接する現・長与町の自宅で被爆。2人とも被爆者援護法に基づく被爆者として認定されている。 父は、70歳で前立腺がんの診断を受け、5年ほど前に亡くなった。「あんたたちに危害がないといいけど……」と子どもへの影響を気にしていた。母は80歳で膀胱(ぼうこう)がんになり、いまも治療を続けている。 「2世」であることの不安をはっきりと自覚したのは23歳の時。第1子の長女を妊娠したが、切迫流産で3カ月入院した。原因はわからなかった。 生まれてきた娘は5歳の時… この記事は有料記事です。残り1866文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
庁舎移転「そんな単純な話じゃ……」 最大級の津波にどう備える
有料記事 根津弥、西晃奈2022年12月11日 9時30分 東日本大震災の教訓をふまえて採り入れられた「最大級」の津波への備えは、「次」の被災を見据えて復旧・復興に取り組んできた被災地の一部地域に、再考を促すことになった。ハード整備は無尽蔵にできず、住民の理解なしに防災・減災は進まない。震災から来年3月11日で12年。被災地が新たに向き合う課題は、日本の沿岸各地が向き合う課題でもある。(根津弥、西晃奈) 「訓練を開始します。高台に避難してください」。11月6日午前、宮城県石巻市立鹿妻(かづま)小学校。大津波警報が出たと想定し、校外に逃げる訓練を初めて行った。 サイレンが鳴ると、防災ずきんをかぶった250人の児童が校庭に整列。教諭の先導で、約800メートル離れた鹿妻山のふもとまで歩いた。6年の日野拳聖(けんせい)さん(11)は震災当時は生まれたばかりで、津波の記憶はない。「映像を見ると怖い。焦らず避難できたらいいなと思う」 宮城・石巻市の学校が忘れてはいけない教訓 同校は海岸線から約1キロにあり、標高2メートル。震災時の浸水は13センチで、住民の避難所になった。震災後の市の想定は1メートル未満で、津波が来ても、3階建て校舎の2階以上に逃げる「垂直避難」で十分と考えてきた。 だが、宮城県が5月に公表し… この記事は有料記事です。残り2089文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
性被害の元自衛官が初講演「何とかなる精神で、一歩踏み出してみて」
佐藤美千代2022年12月11日 10時00分 【石川】陸上自衛隊での性被害を告発した、元自衛官の五ノ井里奈さん(23)が3日、金沢市内で講演した。講演は初めてだといい、苦悩しながら手探りで行動を起こし、加害者の謝罪を実現した経緯を振り返り、「自衛隊が変わることを信じたい。男女に関係なく働きやすい環境になってほしい」と語った。 五ノ井さんは宮城県東松島市出身。小学5年で東日本大震災に遭い、避難生活を支える自衛隊員に憧れた。通っていた柔道場が、震災を機に金沢市の道場と交流し、行き来を続けた縁で今回、講演に訪れた。 自衛隊では男性隊員による性被害を上司に訴え、調査されたものの事実と認められなかった。休職中の今年3月、死を選ぼうとした瞬間に地震が起き、「はっと気づかされた。震災で生きられなかった人がいる。闘わなければと思った」。 在職し続け、柔道で五輪を目指す道もあったが、「自分の夢をとるより、後輩たちを同じ目に遭わせたくない」。事実の認定や謝罪、再発防止を目的に、どうすれば思いが世間に伝わるか考え、行動に移した。 退官後、ユーチューブの番組に出演し、顔と名前を公にして被害を訴えた。ウェブ上で10万人以上の署名や同じ被害者の声を集め、8月に防衛省に提出。全隊員を対象にした特別防衛監察、加害者からの謝罪といった対応を引き出した。 五ノ井さんは「皆さんのおかげで変わろうとしている」と賛同や励ましへの感謝を述べ、「何かをされたらずっと黙っていた、弱い、普通の人間。ただ、変えたいという思いは誰よりある」。 県内外から集まった約100人の聴衆に「行動は小さなことでいい。壁にぶち当たるけど、何とかなる精神で一歩踏み出してみては」と呼びかけた。(佐藤美千代) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
無戸籍の我が子、再婚しないと救われず 「命の危険」抱えた母の悲痛
有料記事 村上友里、田内康介2022年12月11日 10時00分 「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」と推定する――。血縁関係を科学的に証明できなかった明治時代にできた民法の「嫡出(ちゃくしゅつ)推定」規定が見直された。しかし、再婚していない母親には引き続き規定が適用され、子どもの無戸籍状態は解消されない。価値観が多様化し、DNA型鑑定の技術も進んだ現代に、規定を残す意味はあるのか。(村上友里、田内康介) ある女性は夫(当時)の家庭内暴力(DV)から逃れて別居中、別の男性との間に子どもを授かった。夫との離婚が成立してから二百数十日で出産。嫡出推定が適用されて前夫の子になるのを避けるため、出生届を出せなかった。 男性からも暴力を受け… 子の実父である男性からも暴… この記事は有料記事です。残り1441文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
胎内被爆の女性が襲われた無力感 それでも世界に声が届くと信じて
広島県呉市の渡辺静枝さん(77)は被爆時に妊娠していた女性から生まれた胎内被爆者だ。胎内被爆者の全国連絡会に参加し、会員たちの体験集づくりに携わってきた。 ロシアのプーチン大統領が核兵器使用を示唆したと報道で知り、無力感に襲われた。「今までやってきたことが、砂のように流れていくように感じた」と振り返る。 だが、前向きに活動する連絡会の仲間の姿にこう強く思った。「私たちは被爆について常に発言できる立場にいる。ひとごとにしてはいけない」。連絡会の総会で司会を引き受けるなどより精力的に携わるようになった。「私が70年経って自分の経験を話したように、80年で明かそうという人もいるかもしれない」 2015年に最初の体験集を発行し、20年には2冊目の体験集をまとめた。それぞれ1千部を図書館や大学に配布した。 15年の方は発行から2年後に英訳版が完成し、毎年8月6日に広島市で開かれる平和記念式典の会場で、海外からの参列者に配ってきた。2冊目の英訳作業は大学生に取り組んでもらっている。「私たちももっと頑張らないと」。自分たちの声が世界に届くと信じている。(黒田陸離) ロシアのウクライナ侵攻で核兵器使用の懸念が高まるなか、核兵器を持つ国と持たない国の参加者が一つのテーブルに付き、それぞれの国の立場を超えて知恵を出し合う「国際賢人会議」が12月10日と11日、広島市で開かれます。「核兵器のない世界」の実現に向けた具体的な道筋についての議論が深まることが期待されています。核兵器を取り巻く厳しい現状に、被爆者たちも深く心を痛めています。一瞬にして家族や友人らを奪われたり、長い年月、病気に苦しんだりしてきた実体験から、核兵器の恐ろしさを広く伝えようとしています。朝日新聞広島版で続く連載「聞きたかったこと」で過去に体験を語ってくれた被爆者のもとを記者が再び訪れ、いまの思いを聞きました。当時の記事も再録します。 (聞きたかったこと)胎内被爆、今こそ語る 広島県呉市 渡辺静枝さん(70) (2015年10月7日朝刊広島版掲載。年齢や年月日などは掲載当時のものです) 被爆時に妊娠していた女性から生まれた胎内被爆者の体験集が、被爆70年の今夏、発行された。編集した渡辺静枝さん(70)=呉市本町=も胎内被爆者で、原爆投下の1カ月後に生まれた。これまで被爆者の運動に関わったことはなかったが、編集にあたった胸の内を聞いた。 ◇ 渡辺さんが姉らに聞いた話によると、1945年8月6日の原爆投下時、母の玉井ミツ江さんは現在の広島市西区の広島電鉄横川電停にいた。疎開先の可部町(現・安佐北区)から静枝さんの姉2人を連れ、市中心部の父の実家に向かう途中だったという。 原爆によって停留所は倒壊し、3人は建物の下敷きになった。まもなく火の手が迫り、ミツ江さんが「助けて」と叫び続け、通りかかった消防団に助け出されたという。 爆心地から約1・5キロだっ… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
歴史的な一枚、写り込んでいた生の証し 現地歩き、振り切れた迷い
「BIG EARTHQUAKE!」 航空自衛隊松島基地の管制官が叫ぶ声が、仙台湾上空にいた毎日新聞社のヘリコプターに響いた。揺れは尋常ではない様子だが、空中では何も感じない。 乗っていたのは、東京本社のカメラマン手塚耕一郎(45)ら。11年前のその日は、羽田から青森県八戸市へ飛び、空撮取材をした帰路だった。 間もなく手塚の携帯が「震度6強 宮城県北部 宮城県中部」「大津波警報発表中」との速報を受信する。手塚は仙台市に向かい、空から地震の被害を探すことにした。 駅前に集まる群衆。マンション火災。ビール工場で倒れたタンク……。ただ、ビル倒壊といった大きな被害は見当たらない。 燃料はもう、いくらも残っていなかった。 地震から1時間近くがたった午後3時40分、宮城県名取市の海岸沿いにある仙台空港に着陸。ローターを回したまま、整備士が給油の交渉に走る。 上空を飛ぶ防災ヘリが、「津波が来ている」と交信をしているのが、聞こえてきた。 まずい。 整備士が駆け戻るのを待って… この記事は有料記事です。残り1786文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「知床旅情」「百万本のバラ」 加藤登紀子さんが「私らしく」歌う場
有料記事 聞き手・大滝哲彰2022年12月11日 15時00分 歌手の加藤登紀子さん(78)が「ほろ酔いコンサート」を17日、大阪市で開く。各地で開催している年末恒例の催しだ。2022年という「特別な年」の終わりに開くコンサートへの思いを聞いた。 ◇ 今年は本当にいろんなことがありました。声を上げて泣きたいことばかりです。それでも歌に支えられ、歌に力をもらいながら、歌手として生きてきたと実感した年でもありました。 《加藤さんが歌い、大ヒットした「知床旅情」。歌の舞台となった北海道・知床半島では4月、多くの人が犠牲になった観光船の事故が起きた》 私は知床の厳しい自然の中で生き抜いてきた人々の苦しみを知っています。だからこそ、無謀な航海のすえに多くの方が犠牲になった、そのことが残念でなりませんでした。 9月、知床半島に近い大空町でコンサートを開きました。亡くなった人、今も海に漂流しているであろう人に語りかけるように「知床旅情」を歌いました。本当に特別な瞬間でした。 その日、行方不明だった2人のご遺体が見つかったんです。地元の方が「登紀子さんの歌が聞こえたんだね」と言ってくれて、たまらない気持ちになりました。 かとう・ときこ 1943年、中国・ハルビン(旧満州)生まれ。65年、東京大学在学中に歌手デビュー。69年の「ひとり寝の子守唄」、71年の「知床旅情」で日本レコード大賞歌唱賞受賞。「百万本のバラ」に込められた思いを記した著書「百万本のバラ物語」(光文社)を21日に出版する。 この歌に込められているのは… この記事は有料記事です。残り777文字有料会員になると続きをお読みいただけます。 Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
部活の「ダウンサイジング」を 専門家が提案する教員負担の減らし方
教員の長時間労働の主因と指摘されてきた中学や高校の部活指導。国は休養日を導入するなど改善を試みてきたが、本来業務である授業に注力できず悩む教員は少なくない。どんな対策が必要なのか。教員の働き方と部活動を巡る問題に詳しい内田良・名古屋大教授(教育社会学)は「根本的なダウンサイジングが必要」と指摘します。内田さんが提案する今後の部活動のあり方とは――。 連載「いま先生は」 授業だけでなく、事務作業や保護者対応、部活動……。さまざまな仕事を抱え、悩み、疲れ、それでも前に進む。そんな先生たちのリアルな姿を報告し、働き方のこれからを考える連載「いま先生は」。第3部では、部活指導の実態を取り上げ、今後のあり方を探ります。 ――教員の部活指導を巡るこれまでの経緯は。 部活指導にかける時間は近年、大きく増えました。文部科学省が2016年度に行った勤務実態調査では、その前に調査した06年度から、土日の部活動の時間が1日当たり約1時間増えました。ほぼ倍増です。 02年度から完全週休2日制が導入されましたが、「土日を家庭に返す」という目的とは異なり、部活指導に一定の時間が回ったことになります。 いまや、1週間のうち完全に休める日がない教員も少なくありません。労働者である教員が1週間ずっと勤務しているというのは本来異常なことです。 ――「脱ゆとり」を掲げた08年度の学習指導要領改訂で授業時数は増えました。 平日の教員の勤務に余裕がなくなりました。加えていじめや不登校、発達障害がある子への対応などで、個別に丁寧に対応する機会が増えました。 平日がこれだけ忙しくなり、さらには部活動が全国的に過熱するなかで、残業が増える結果となりました。教員は授業準備や研修の時間、プライベートの時間を削らざるを得ない状況です。 記事の後半では、内田教授が提案する「ダウンサイジング」構想の詳細を説明しています。活動を減らすことについて保護者の理解をどう得るかについても聞いています。 「部活がやりたくて…」驚いたデータ ――このような事態に陥った… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル