鹿児島県は2日、出水市の養鶏場で高病原性鳥インフルエンザが疑われる事例が発生した、と発表した。PCR検査で陽性が確認されれば、県内では今季初の事例となり、この養鶏場で飼っている採卵鶏約2万3千羽の殺処分を始める。農林水産省によると、養鶏場での鳥インフルエンザは今季3例が発生している。 県は2日夜、対策本部会議を開き、対応を協議した。県によると、北薩家畜保健衛生所に2日午前、「死ぬ鶏が増えた」との通報が農協からあった。衛生所の簡易検査で、13羽のうち3羽の陽性を確認。いずれもこの日に死んだ鶏だった。 PCR検査の結果は3日早朝に判明する見込み。陽性と確定すれば殺処分を始めるとともに、この養鶏場から半径3キロ以内を移動制限区域、3~10キロを搬出制限区域とする。移動制限区域には17農場で約146万羽、搬出制限区域内には66農場で約339万羽が飼われている。 同県での発生は昨季、13件にのぼった。(宮田富士男) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
安倍氏の関係政治団体、昭恵氏が継いだ「晋和会」に2億円超寄付
故・安倍晋三元首相の元の資金管理団体で、妻の昭恵氏が代表を引き継いだ政治団体「晋和会」に、自民党支部など安倍氏の五つの関係政治団体から計2億1470万円が寄付されていたことが、公表された政治資金収支報告書などから分かった。有識者からは、政治活動を支援するために集められた巨額の資金を政治家ではない親族が事実上引き継ぐことを問題視する指摘が出ている。 安倍氏の関係政治団体は六つあり、安倍氏はこのうち晋和会と「自由民主党山口県第四選挙区支部」の代表だった。昭恵氏は、安倍氏が銃撃事件で亡くなった昨年7月8日付で両団体の代表になった。 総務省と山口県選挙管理委員会が公表した2022年の政治資金収支報告書などによると、第四支部から晋和会への寄付は5回にわたり、計1億6434万円に上る。 7月27日に5674万円、28日の8千万円を寄付したうえで、支部が解散した今年1月31日には、残金の全額2703万円を移していた。 支部には税金が原資である政党交付金が交付されており、解散時に残額がある場合には総務相が返還命令を出せる。 だが、政党交付金使途等報告… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「管理職に休みないから」 パワハラ市長を全面謝罪に追い込んだのは
今年9月20日、福岡県宮若市役所の市長室。市長の暴言が飛び出したのは、会議が始まって1時間以上がたった時だった。男性課長や男性課長補佐に対する「辞めろ!」などの厳しい言葉をいさめたのは、男性係長だった。 「辞めろ」と市長、「言い方おかしい」と係長 市長室の攻防 市長「(自分に厳しく言われるのが)耐えきらんかったら辞めろ!」 係長「辞めろはダメですよ、発言として」 市長「なんで?」 係長「辞めろということは仕事辞めろっていう話なんでしょ」 市長「この役を勤まらんやつは辞めるしかなかろう」 係長「市長が任命されたんですから」 市長「そうよ」 係長「そこはかばってあげなくちゃいけないじゃないですか」 市長「かばいよるんよ、俺、一生懸命」 係長「それでも言い方おかしいでしょ」 市長「おかしくない。聞いてみ、どれだけかばって今までやってきたか」 係長「それは市長が思う気持ちと受けてる者の気持ちと違うじゃないですか」 市長「そんならお前、辞めればいいじゃないか!」 係長「辞めろって、そういう……」 市長「俺は(課長と課長補佐の)この2人を選んで決めたから何とか育てないかんと思うて。ほんとにつまらんこと、小学生みたいなことをずーっと言うてきた」 係長「小学生みたいなって、失礼じゃないですか」 市長「失礼でも何でもない!」「(2人が自分に)ついてくるかどうかって話たい」 (中略) 係長「つぶれますよ」 市長「つぶれますよってどういうことか」「大概にせえ!!」 係長「もういいですよ、(みんな)行こう」※市長室から職員が退室 (市職員が市長のパワハラを訴え、録音メモを起こした資料から) 市職員へのパワハラが指摘されていた福岡県宮若市の塩川秀敏市長(75)が1日、市議会(定数16)本会議で「市職員らに深くおわびする」と述べ、全面的に謝罪した。それまで、取材には「人間関係があればハラスメントにはならないのでは」「具体的な記憶はないが、期待し育てたいと思っている課長なので(厳しく)言ったことはある」などと話し、パワハラ行為を認めていなかった市長。急転直下の謝罪の背景には何があったのか。 ■市の課長26人中25人が反… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「ながらスマホ」の車が奪った9歳の命 一緒に下校していた兄の痛み
スマートフォンを操作しながら車のハンドルを握るドライバーや、ながらスマホによる事故が後を絶たない。事故の遺族、則竹崇智さん(53)は「ながらスマホは故意の殺人行為に近い」と訴える。 「敬太はさ、なんでも一番乗りするのが好きだったでしょ。だから、天国まで一番乗りしちゃったね」 小学4年生だった次男の敬太さん(当時9)が亡くなった日の夜、2歳上の長男が発した言葉が、則竹さんは今も忘れられない。 2016年10月26日午後4時すぎ、敬太さんは愛知県一宮市の自宅近くの横断歩道で、トラックにはねられた。運転していた男は事故の直前まで、スマートフォンゲームの「ポケモンGO」をしていたことが、のちの裁判で認定された。 スマホに目を向けた2,3秒後 敬太さんは当時、長男たちと下校中だった。そこへ、1台のトラックが近づいてきた。当時30代だった運転手の男は、歩道を歩く小学生の集団や、前方に横断歩道があることに気付いていた。走り慣れた道で、そこが通学路だということもわかっていた。 だが、「対向車がいるし、自… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
被爆証言は「無関心な人の心を揺らせる」 伝え続けて通算80冊目
被爆体験の聞き取りを続ける市民団体「長崎の証言の会」が、証言集「証言2023 ナガサキ・ヒロシマの声」を出版した。今回で通算80冊目。原爆に遭った当事者の声を記録する目的で号を重ねてきたが、当時を知る人が少なくなる中、特集でも継承を意識して編集されている。 証言の会は1969年に発足した。 契機はその2年前の67年。厚生省(当時)が発表した原爆白書で「健康、生活の両面において、国民一般と被爆者との間にはいちじるしい格差はない」と結論づけたことに反発し、被爆者の実態を社会に伝えようと活動を開始。証言集を発行してきた。 今号では、原爆に遭った当事… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
病を抱えても…村でカボチャを育てたい 1千キロ先の「戦友」のため
福岡県の中央部に位置し、深い山々に囲まれた東峰村。 その村内に広がる畑で、和田晴輝さん(50)は四つんばいになり、はうように移動していた。 持病で片方の肺は動かず、50メートル歩くと息切れして顔が真っ青になることもある。畑で歩けなくなると、少しでも楽に動けるよう四つんばいになる。 そんな状態でも、和田さんは農作業をやめなかった。 どうしても、育てたいカボチャがあったからだ。 東北の村とのつながり、ぽくぽくとしたカボチャとの出会い 和田さんが暮らす東峰村は2017年、九州北部豪雨に襲われた。記録的な大雨によって各地で土石流が発生。福岡と大分の両県で死者・行方不明者は計42人にのぼり、村でも3人が犠牲になった。 和田さんの自宅も土石流にのまれ、建物の基礎部分まで流された。家の柱は約2キロ先で見つかったが、駐車していた車はいまだに見つかっていない。 被災した東峰村でカボチャを育て始めたものの、持病を抱えた和田さんは「何度も諦めようと思った」と話します。それでも、ともに戦う東北の村への思いが、背中を押しました。 被災者向けの住宅が建設され… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「隔離の島」抜け出し球児が遠征、活動の原点に 惜別・藤崎陸安さん
偏見や差別と闘い続けてきたハンセン病の回復者たち。9月14日、全国の療養所で暮らす入所者でつくる「全国ハンセン病療養所入所者協議会」の事務局長を務めた藤崎陸安さんが脳出血で亡くなった。80歳だった。 青春時代に仲間と「隔離の島」を抜け出す豪胆な人だった。青年期からは、当事者の名誉回復と福祉の増進をめざす運動に身を投じた。 ◇ ハンセン病に関する取材は、暗く重い話が多い。それでも時に、痛快な出来事に巡り合う。 瀬戸内海に浮かぶ岡山県の長島にかつて、全国で唯一、ハンセン病の若者が通える定時制高校「新良田(にいらだ)教室」があった。 ある年、野球部員が島を抜け出して遠征へ出かけた。その大胆不敵なメンバーの一人が藤崎さんだった。 秋田県出身で4人兄弟の末っ子。小学3年の時、ハンセン病と判明。1952年に青森県の療養所に強制隔離された。 59年、新良田教室に入学。軟式野球部に入り、治療を受けながら勉強と部活に励んだ。 戦後、ハンセン病は治療薬ができて「治る病気」になっていたが、島を出るには特別な理由が必要だった。 60年、部員10人が「家族… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「あるかないか言えない」 世界遺産めざす佐渡金山でお蔵入りの名簿
記者コラム「多事奏論」 論説委員・田玉恵美 図書館で奇妙な体験をした。ある資料を閲覧したいと申し出ると、しばらくしてやってきた職員にこう言われた。 「これは、所蔵しているかどうか、お答えしないことになっているんです」 私は新潟県立図書館で、来年の世界文化遺産登録をめざす佐渡金山について調べていた。検索したところ、かつての鉱山会社が提供した「佐渡鉱山史」を所蔵しているとの記述があったのだが……。 説明に出て来た職員は、隣にある県立文書館の副館長だった。この資料があるかないかすら言えないのはなぜか聞くと、「それも言えない」という。 取材すると、佐渡鉱山をめぐっては、ほかにも新潟県で「お蔵入り」になっている資料があった。 「戦時中に佐渡鉱山で働いた朝鮮人労働者の名簿を、県立文書館が持っている」 歴史研究者の竹内康人さんは、研究者仲間から以前そう聞いた。今年4月、同館に閲覧したいと申し出ると、非公開だと断られた。 竹内さんによると、このときの県立文書館の副館長の説明はこうだ。 名簿は、鉱山会社が所蔵していた「半島労務者名簿」。県が「新潟県史」の編纂(へんさん)をしていた最中の1983年に原本を撮影した写真(マイクロフィルム)がある。だが所有者の許可がなく、公開していない――。 どういうことなのか。直接くわしく事情を聴こうと、私が先月あらためて県立文書館に取材すると、竹内さんにはいったん存在を認めたはずの名簿についても副館長が「あるのかないのかお答えしない」という。その理由も言えないそうだ。 私が図書館で見た資料には、「佐渡鉱山史」も、新潟県史を編纂するために同じ鉱山会社から収集した資料として記録されていた。 ならばと、その鉱山会社を1989年に吸収合併した「ゴールデン佐渡」に聞くことにした。現在、観光客などに鉱山を公開している会社だ。 河野雅利社長によると、県立文書館から92年に「鉱山会社から提供を受けた資料について、市民から閲覧希望があった場合に公開してもよいか」という趣旨の照会があった。この年は、県立文書館がオープンした年だった。 その際、ゴールデン佐渡は、「半島労務者名簿」や「佐渡鉱山史」については、原本が今はないので、「一般公開を控えてほしいと県立文書館に回答した」という。 当時、親会社の三菱マテリアルにも報告しながらの決定だったそうだ。 その後、「佐渡鉱山史」は2011年にテレビ番組の撮影中に原本が金庫から見つかった。そのため現在は、佐渡鉱山まで直接やって来る人には、事前に要望があれば見せている。 しかし、「半島労務者名簿」… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
目が見えない小学生の兄弟 「恐竜はいたんだ」と初めて思った日
東京都に住む兄弟、龍碁(りゅうご)さん(10)、隼矢(しゅんや)さん(7)は、生まれつき目が見えない。 母親は、そばにいることを2人が聴覚で感じられるように育ててきた。 トントントンと包丁で食材を切る音がすると、お母さんは台所にいる。ジャーと水を流す音がしたときは、トイレにいる。「音が聞こえれば、近くにいるとわかって安心する」 触覚も大事にした。食卓に上がる食材はなるべく触れさせた。この形の野菜がキャベツ、トマト、キュウリ。そうやって世界を広げてきた。 最近、2人がはまっているのは「電車」だ。 24時間話せる「電車」 好きではない「水族館」 「座席の質感やひじ置きの位… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「日本一」目指す若手シイタケ農家 林業の父が手がけたホダ場で挑戦
父が手を入れ守ってきた山。そこで息子が育てたシイタケが、全国トップクラスの逸品に。 熊本県菊池市の田中欣生(きんせい)さん(36)は昨年、今年と2年続けて全国乾椎茸(しいたけ)品評会で2位に輝いた。県内では6年連続でトップの農林水産大臣賞を受賞しており、目標は全国一だ。「来年こそは」と家族ぐるみで栽培に取り組んでいる。 菊池市の中心部から北東へ約10キロ、斑蛇口(はんじゃく)湖の東側に広がる約40ヘクタールの山林が田中さんのシイタケ栽培場だ。案内されたクヌギ林の地面に、横、縦、斜めに組まれた丸太が並べられていた。シイタケ菌が打ち込まれたホダ木だ。 栄養を多く蓄えるクヌギで作ったホダ木は、7年にわたりシイタケが収穫できる。「父が植樹して、手を入れてきた林です。このクヌギを使えるのがありがたい」と田中さんは話した。 続いて、田中さんは曲がりくねった山道をしばらく登り、中腹へと向かった。 たどり着いた杉林の中では… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル