モノやサービスを買う際に負担する消費税の導入から、4月1日で35年となる。税目別で今やもっとも税収が多い税金になった。所得が低い人ほど負担が大きい逆進性があり、消費税をとらない方針を貫く店もある。 「すごくない? 当たりだったよ!」。3月下旬、東京都北区にある駄菓子屋「斉藤商店」。小中学生が代わる代わる立ち寄り、にぎわっていた。 1947年創業。同じ年に生まれた斉藤敏夫さん(76)が2代目として店番に座る。 店を継いだのは勤め先を定年退職した15年ほど前だが、消費税が導入された35年前のことを今でもよく覚えている。 「子どもに負担、かわいそう」 当時の税率は3%。売り上げの計算が煩雑になるという理由から、レジスターを売りにくる業者が後を絶たなかった。先代の両親は1台を購入してみたものの、一度も使うことはなかった。「子どもたちに消費税を負担させるのはかわいそう」との思いで、消費税分を取らなかったからだ。 5%、8%と税率が上がるのに伴い、利益率が下がっても、斉藤さんは方針を変えなかった。ほとんどの年で赤字という。 年間の売り上げが1千万円以下で消費税の納税義務はないが、年金がなければ生活ができない。それでも消費税相当額を上乗せしないのはどうしてなのか。 小遣い変わらず、「当たり」の確率減 子どもたちのお小遣いは、小学1年なら100円、2年なら200円……というように以前からあまり変わっていないと斉藤さんはみる。一方で物価は上がり、買える商品の数が減ったり、当たり付き駄菓子では「当たり」の確率が以前より低くなったりしたと感じている。消費税を負担させたら、ますます店から足が遠のくではないかという懸念がある。 経済的な問題だけではない。自民党派閥をめぐる裏金事件では、政治家たちに税逃れの厳しい視線が向けられている。まじめな納税者が馬鹿を見るような現状に加え、「そもそも消費税を負担したからと言って、何か私たちに還元されているという気がしない」と斉藤さん。「そんな中で、少なくともうちの店では子どもたちに税金を負わせたくない」 今後、さらなる増税も予想される。「価格転嫁しなければ、もうやっていけない。シャッターを下ろすしかないかな」 「収入1位」の消費税、識者は「深刻な状況」 消費税は「消費に広く薄く負… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
校則会議 発言に「謝罪文を」 生徒側「不適切指導」 武蔵野東学園
自閉症の子とそうでない子がともに学ぶ「混合教育」で知られ、幼稚園から高等専修学校まで東京都内に5校・園を設置する学校法人武蔵野東学園(武蔵野市)で1月、高等専修学校2年の女子生徒が校則をテーマとした会議での発言を理由に、学園の副理事長(当時)宛ての謝罪文を提出させられていたことがわかった。女子生徒側は「退学を示唆されて提出を求められた。不適切な指導だ」と訴えている。 会議は1月10日にあった。女子生徒側によると、教員から「副理事長が来て校則について意見を聞くので希望者は出席してほしい」と言われたという。 複数の出席者によると、会議では副理事長が、子どもの意見尊重をうたったこども基本法に言及し、時代の変化に即して校則を全廃したいとの考えを示した。「皆さんが窮屈だと思うことはやめた方がいい」とも述べて、生徒たちに意見を述べるよう促した。 取材に対して学校側は「事実誤認に基づくご質問にはお答えできません」と文書で回答しました。記事後半で、会議でどんなやりとりがあったのか紹介しています。 一部の生徒が「ネイルをやっ… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「おかん、なんで泣いてるん?」 息子から問われた母、7年分の思い
「おかん、なんで泣いてるん?」 1月下旬、大阪府に住む中学教諭の西村史さん(60)は、風呂上がりの息子からそう声をかけられた。 こちらをのぞき込んでくるひげ面の22歳に、幼い頃の面影を重ねる。 944グラムで生まれ、保育器の中で管につながれていた我が子。 体が弱く、両手をひらひらさせて歩く姿を「おばけみたい」とからかわれた小学生時代。 「お前は障害者やから学校来んな」「消えろ、クズ」 そんな暴言を浴びせられ、青あざだらけで帰宅したこともあった。 中学受験をして私立中へ進んだが、そこでもいじめに遭う。 教師に相談した時に言われた言葉が、今も忘れられない。 「注意してもいいですけど、お子さん学校で浮きますよ?」 公立中に転学してからもいじめられ、中2の途中から自宅で学習するようになった。 小学校も中学校も、卒業式は欠席。 高校生になって登校できるようになり、大学に進学した。 体もすっかり大きくなり、ひげ面になったことで、年齢以上に貫禄もある。 そんな息子が「俺、また何かやらかした?」と尋ねてきた。 そうか、そうだよね。 風呂上がりに母親がリビングで泣いてたら、ビックリするよね。 「私が泣いていた理由はね… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
東京都心28.1度、各地で夏日に 桜、菜の花…花見楽しむ人たちも
朝日新聞デジタルに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。Copyright © The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
人類未踏ルートでの南極点到達、挑戦半ば 冒険家の阿部雅龍さん死去
人類未踏のルートで単独南極点到達に挑戦していた秋田市出身の冒険家、阿部雅龍(まさたつ)さんが27日、脳腫瘍(しゅよう)のため死去した。41歳だった。葬儀は近親者のみで行った。所属する人力チャレンジ応援部(神奈川県大和市)が後日、お別れの会を開く予定という。 阿部さんは秋田大在学中から冒険活動を開始。2019年1月、単独で918キロを歩き、南極点到達を果たした。 21年11月には、同じ秋田県出身で、日本人で初めて南極に上陸した白瀬矗(のぶ)陸軍中尉らが果たせなかったルートに、単独・無補給徒歩で挑戦した。食料など100キロの荷物を積んだそりを引き、山脈やクレバス(割れ目)が多い約1300キロの行程で南極点到達を目指したが、22年1月に悪天候などのため、約780キロ地点で断念。再挑戦を公言していた。 同年、世界的冒険家の功績をたたえて創設された「植村直己冒険賞」を受賞した。 再挑戦の南極遠征直前だった昨年9月、阿部さんは自身のSNSで脳腫瘍が見つかったことを報告。緊急入院して手術を受け、闘病していた。 阿部さんは手術を受ける前、当時のSNSなどで「過去最高難易度の冒険に出ることになりました」と心境を吐露。「南極と違い、自分が望んだ冒険ではないけれど、病気という冒険に自ら勇気を持って立ち向かいます。今までどんな逆境にも負けずに笑顔で立ち上がってきました。自分の夢の実現のために挑みます」とつづっていた。(滝沢隆史) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
輪島の大家族は別々の生活を選んだ 子育てに不安、でも捨てない希望
【動画】輪島市から加賀市に2次避難している松岡さん一家=遠藤真梨撮影 能登半島地震3カ月 被災地の声 住まい、なりわい、地域のつながりはどうなるのか――。能登半島地震の発生から3カ月、石川県の被災者100人に取材したところ、みなさんが将来を見通せない中で暮らしている状況が浮かびました。それでも前へ進もうとしている被災地の声を紹介します。 家族みんなで輪島へ戻りたい。でも、今のままでは戻れない。夫婦で何度そんなやりとりを繰り返しただろう。 能登半島地震の発生から3カ月。石川県輪島市でスポーツインストラクターをしていた松岡和香子さん(39)は、自宅から約130キロ離れた加賀市の旅館に、建設会社員の夫、和裕(かずひろ)さん(42)と5人の子どもの7人家族で身を寄せる。 あの日は、正月で集まった金沢市の親族宅から輪島に戻る途中で被災。道の崩落で進めなくなり金沢に戻った。後日、夫が輪島に行くと、自宅は全壊していた。 2次避難を始めた1月中旬、旅館の滞在期限は「3月末まで」と聞き、思っていた。「その頃には最低でも水道が復旧して、輪島の仮設住宅に入れるんだろうな」 だが、その通りにはならなかった。仮設住宅は戸数が少なく、順番は回ってきそうにない。 小学3年の長男宗義君(9)と、2年の次男福友君(8)は、輪島の河井小学校に籍を置いたまま、加賀市の山代小学校に通学してきた。 避難生活で伸びきった髪の毛。理容店で、宗義君がこう言った。 「これから地震でお金もなくなるし、節約するために坊主頭になる」 弟と2人で丸刈りになり、譲… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
仮設入居申請8300件、完成は1600戸 能登、進まぬ住まい確保
能登半島地震で大きな住宅被害が出た石川県で、応急仮設住宅(建設型)のこれまでの入居申請が少なくとも約8300件に上ることがわかった。重複やキャンセルも多く実際の入居希望はもっと少ないとみられるが、3月末の完成戸数は約1600戸で需要に追いつかない状況が続く。安定した住まいの確保が困難で、生活再建や復興に向けた課題になっている。 県が応急仮設住宅の建設を進める8市町で、3月下旬に申請状況などを取材した。各市町が精査中で集計方法に違いがあるが、申請数は単純合計で8293件。輪島市4140件▽珠洲市1962件▽能登町613件▽七尾市611件▽穴水町482件▽志賀町335件▽内灘町87件▽羽咋市63件だった。 輪島市や珠洲市は、入居資格を満たさない申請や重複した申請なども含む延べ数だとして、実際に必要な戸数は輪島が3200戸程度、珠洲が千数百戸程度とみている。 県によると、仮設住宅は3月28日時点で5086戸を着工。担当者は、すでに完成した988戸を含めて、目標とする1600戸が年度内に完成すると説明した。馳浩知事は、8月末までには希望者全員が希望するタイプの仮設住宅に入居できるようにしたいとしている。 石川県内では約8400棟が全壊するなど7万5千棟を超す住宅被害があった。3月29日時点で少なくとも約8100人が避難生活を送っている。(野平悠一、宮坂知樹、河原田慎一) 避難所、車中泊、親類宅をさまよい 「見捨てられた思いでした」。石川県穴水町の香川法昭さん(73)は、落ち着ける住まいがないままさまよった約3カ月を、そう振り返った。 地震で自宅は全壊。心臓やひ… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
輪島塗老舗運営のトレーラーハウス 無人販売や宿泊など多様な使い道
仕事の作業場や展示ギャラリー、宿泊などができる多機能施設「輪島 未来工房 mira-co.」が石川県輪島市に造られ、報道陣に31日、公開された。 施設は、輪島塗の老舗「田谷漆器店」が1日から運営を始める。トレーラーハウスで、大きさは約28平方メートル。同店の駐車場に設置された。作業机があり、トイレやキッチンなどは4月中には工事を終えて使えるようにする。宿泊やデスクワーク、展示ギャラリーなどとして誰でも無料で利用できる。 大阪市で地域新聞の編集長を務める吉村大作さん(43)が、能登半島地震で大きな被害が出た中でもいち早く再建への思いを表明した同店の田谷昂大代表(32)に共感し、支援を申し出た。吉村さんが発起人となって寄付を集め、設置費用などを工面した。 地場産品の無人販売や、輪島塗の職人の作業の様子を間近で見学することもできるという。 田谷代表は「たくさんの人の思いを引き継いでできた施設。自由に使ってもらえたら。復興のフェーズに合わせて、様々な使い方を考えていきたい」と話した。(白井伸洋) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
JR根室線117年の歴史に幕、映画・ドラマの「聖地」にファン殺到
【動画】東鹿越駅と布部駅で最終列車を見送る人たち=中沢滋人、嶋田達也撮影 JR北海道・根室線の富良野―新得間(81・7キロ)が31日、117年の歴史に幕を閉じた。映画やドラマの「聖地」とされた駅でも大勢のファンや地元の人たちがペンライトを振り、暗闇に消え行く最後の列車を見送った。 同区間は1907(明治40)年9月に開通。北海道の東西をつなぐ主要路線だったが、2016年8月の台風被害で寸断された。無人7駅中2駅は代行バスで路線を維持してきたが、利用が極端に少ないとしてJR北が廃止・バス転換を示し、24年3月末での廃止に地元が同意した。 布部(ぬのべ)駅はテレビドラマ「北の国から」で、東京から郷里への移住を決めた黒板一家が降り立つ最初のシーンに登場。地元住民が開いた31日のお別れセレモニーに、脚本家の倉本聰さんもサプライズで登場。駅の待合室で「北の国から」の構想を練ったエピソードを披露し、「寂しいですね」と別れを惜しんだ。また、「人間の営みは変わっても自然は変わりません。僕らもまた遊びに参ります」と地元住民を気遣った。 夜には駅舎の明かりがぼんやり浮かぶホームが見送りの人たちであふれ、最終列車に別れを告げた。まだ駅舎の存廃は決まっていない。 映画「鉄道員(ぽっぽや)」に「幌舞(ほろまい)駅」として登場した幾寅(いくとら)駅は8年近く汽笛が途絶え、最後は代行バスの見送りという切ない幕引きとなった。ただ、駅舎には高倉健や志村けんらのロケ写真や衣装などが展示され、訪れるファンが絶えず、地元観光協会がそのまま映画資料館として管理していく。(奈良山雅俊) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
紫式部の「墓」なぜ神戸に 線路脇にひっそり、地獄落ち伝説と関係?
NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。その「お墓」と伝わるものが、神戸にある。京都で活躍したとされる紫式部の墓が、なぜ神戸にあるのか。 神戸電鉄の藍那(あいな)駅(神戸市北区山田町藍那)のすぐそば、線路脇の人目につかない場所に、それはひっそりとたたずんでいる。 塔の形をした石造りで、高さ約1・7メートル。正面には「永和二年七十四」、南北朝時代の1376年7月14日にあたる日付が刻まれている。 傍らにある立て看板には「紫式部の墓と伝わるが、当人が生存したと推定される平安時代中期とは三百年以上の開きがあり、由来は不明である」と書かれている。 なぜこれが紫式部の墓なのか。 看板を設置した「山田民俗文… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル