6月中旬、東京地裁。捕鯨問題にまつわるある行政訴訟が結審した。入国管理局が決定した日本への上陸拒否の取り消しを求める訴訟。平成28年5月に提訴した人物は結局、この3年間、一度も裁判所に姿を現すことはなかった。
原告は米国人のリチャード・オバリー氏(79)。22(2010)年、日本の捕鯨を批判的に描き、米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した「ザ・コーヴ」に出演し、世界的に名を知られるようになったイルカ保護活動家だ。28年2月、来日目的に虚偽があるなどとして、入管難民法に基づき、強制退去を命じられた。
■「ザ・コーヴ」出演
オバリー氏は15年に追い込みイルカ漁が行われている和歌山県太地(たいじ)町を訪れて以来、現地で反対運動を主導してきた。競うように反捕鯨団体「シー・シェパード」(SS)も太地に活動家を派遣。どちらもネット上で漁の様子を報告し、漁師らに圧力をかけるための支持や寄付を募った。
オバリー氏は強制退去の直前、成田空港近くで取材に応じ「イルカ漁を見学し、その実態を世界に伝えることは、観光の目的に沿う行動だ」と訴えた。だが、入国管理局は以来、オバリー氏の入国を一度も許可していない。
ザ・コーヴの上映で、太地町には、主に「観光」目的で入国した多くの外国人活動家が訪れるようになった。人数は1日で20~30人になることも。のどかな港町はイルカをめぐる喧噪(けんそう)に包まれた。
軋轢(あつれき)を助長させる事態に政府は手を打った。平成26年6月、谷垣禎一(さだかず)法相(当時)が国会で「厳格な入国審査」に言及。和歌山県警などの実態報告を受け、入国管理局は太地での抗議活動は観光には当たらないとして主要メンバーの入国を拒否する姿勢に転じ、来日活動家は激減した。
中でもオバリー氏への措置は、反捕鯨運動に対する日本の態度を示す象徴的な出来事になった。太地町の三軒一高(さんげん・かずたか)町長は「おかげで、町は平穏を取り戻した」と語った。
しかし、これで抗議活動は収まらなかった。
■水族館廃止運動
流れに変化を与える新たな出来事が起こったのは29年10月。和歌山県内の人気レジャー施設「アドベンチャーワールド」で、イルカショーが行われていたプールにオランダ人とベルギー人が飛び込み、反イルカ漁を唱えたのだ。国内外の水族館へ野生のイルカを供給する太地への抗議メッセージだった。
この事件で逮捕されたのは欧州で活動する団体「ビーガン・ストライク・グループ」(VSG)のメンバー。来日経験はなく、入国管理局はノーマークだった。団体名の「ビーガン」は完全菜食主義を意味する。動物を食用にしたり、娯楽や研究のために搾取したりしてはならないという「動物の権利」の擁護を訴え、スペインの闘牛や水族館でのショーを反対する運動を展開している。VSGのような過激派は各国で警察沙汰を起こしている。
警察によれば、VSGのメンバーは犯行前に日本人活動家と会い、情報交換をしていたという。近年では国内でも、動物の権利を擁護するべきだと主張する団体が水族館廃止運動などを繰り広げている。
関東地方のある水族館関係者は「われわれの施設でも『水槽をからにせよ』といった抗議運動がたびたび行われるようになった」と語る。
■「監視強める」
日本の商業捕鯨再開をめぐっては、発表を受けてロンドンで1月下旬、抗議デモが起こった。
メンバーは「東京五輪をボイコットせよ」などと叫び、中心部を練り歩いた。外務省や警察庁が注目したのは、デモの主催者が英国の次期首相候補、ボリス・ジョンソン前外相の関係者だったことだった。ジョンソン氏自身も日本の商業捕鯨再開を辛辣(しんらつ)に批判する論文を発表している。
反捕鯨のうねりは今後、再び高まる恐れがある。
来たる東京五輪に向けて、警察関係者は「一匹おおかみのような人物もいる。監視をよりいっそう強めなければならない」と話している。(この連載は佐々木正明、飯田耕司、小笠原僚也が担当しました)
■反捕鯨国 クジラ資源の持続的な利用に否定的で、国際捕鯨委員会(IWC)では日本などの提案に反対の姿勢を示す国々。オーストラリアやブラジル、アルゼンチンなどが急先鋒として知られている。かつての捕鯨国の英国やオランダなど欧州各国も反捕鯨の立場に転じた。米国も反捕鯨国だが、先住民が生活に必要とする捕鯨は実施。シー・シェパードなど過激な反捕鯨団体も構成メンバーは反捕鯨国出身者が多い。
Source : 国内 – Yahoo!ニュース