「非正規歌人」として知られた萩原(はぎはら)慎一郎さんの遺歌集「滑走路」が、ロングセラーを続けている。思うようにならない日々のなか、もがき、恋をして、懸命に生きた姿を伝える歌集は2017年12月の発刊後、8刷3万部を超えた。萩原さんは刊行の半年前に32歳で命を絶った。だが、版を重ねた歌集は読む人に寄り添い、前を向く力を与えている。9月に文庫化され、歌集をモチーフにした映画も11月、全国で公開される。
《ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる》
この歌で朝日歌壇賞(馬場あき子選)を受賞した15年、萩原さんは資料の整理や発送などを担う事務の補助員として働いていた。
《夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから》
《頭を下げて頭を下げて牛丼を食べて頭を下げて暮れゆく》
非正規雇用で働くつらさを詠むと同時に、働く人たちへの温かなまなざしを感じさせる作品が歌集に並ぶ。望んでいたような仕事につけない悔しさを漏らしつつ、病院や街で接する人たちの働きぶりを見て、「みんな一生懸命に働いているよね、とよく言っていました」と母久仁子さん(60)は振り返る。
《いろいろと書いてあるのだ 看護師のあなたの腕はメモ帳なのだ》
《牛丼屋頑張っているきみがいてきみの頑張り時給以上だ》
萩原さんは1984年、東京都に生まれた。中学受験し、第1志望の中高一貫校に合格した時は、「前途洋々たる未来が待っていることを確信していた」と記している。だが、中学、高校といじめに遭い、大学を卒業した後も精神的な不調に悩まされた。
《屑籠(くずかご)に入れられていし鞄(かばん)があればすぐにわかりき僕のものだと》
03年12月、故近藤芳美さんに選ばれ初めて朝日歌壇に載った歌だ。当時19歳。「短歌はぼくのこころの叫びを受け止めてくれる器であった」と歌集のあとがきにつづった。「歌を作ることで、何度も苦しい状況を乗り越えてきた」と父篤弘さん(65)は話す。NHK全国短歌大会近藤芳美賞選者賞(岡井隆選)、全日本短歌大会日本歌人クラブ賞など受賞を重ね、2千に及ぶ歌を残した。
《遠くからみてもあなたとわかるのはあなたがあなたしかいないから》
《いつか手が触れると信じつつ いつも眼が捉えたる光源のあり》
《木琴のように会話が弾むとき「楽しいなあ」と素直に思う》
念願だった初出版の前に・・・
自費出版で初版1500部だった単行本は、8刷3万500部と歌集では異例のヒット作となり、映画化も決まりました。後押ししたのは、家族と多くの読者たち。芸人で芥川賞作家の又吉直樹さんも歌のファンです。
ギタリストの弟健也(けんや)…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル