2008年2月24日、写真家の花井達さん(43)は泣きながらシャッターボタンを押し続けた。
デジカメだからその場で写真を確認できるのに、自分にこう言い聞かせていた。
「絶対に撮れてる。見返している暇があったらシャッターを切れ」
後で確認したら、60枚以上撮っていた。
撮影している間、考えていたのは、自分が見ている光景を残すことだけだった。
「あと1カ月は待てないんです」
依頼があったのは撮影の数週間前。
愛知県岡崎市に住む蛭川俊紀さん(45)・晶乃さん(41)夫婦の結婚式の前撮り写真だった。
2月は花も少なく、枝も寂しい時期だ。もう少し待てば近くに河津桜が満開になる場所がある。
挙式は6月と聞いていたので、もう少し先の時期に撮影することを提案した。
すると蛭川さんから「あと1カ月は待てないんです」と返ってきた。
悪性リンパ腫で入院している祖母に、どうしても晴れ姿を見せたいというのだ。
何も言わずにベッドへ
撮影当日、俊紀さんは紋付きはかま、晶乃さんは白無垢(むく)姿で臨んだ。
外でツーショット写真を一通り撮った後、祖母・ゆき子さん(当時84)が入院している病院に向かった。
生まれてから30年以上一緒に暮らしてきた祖母と写真を撮りたい、と俊紀さんが希望していたからだ。
「昨日まで熱があって意識もはっきりしなかったのに、朝からパッと目を開けて待っていたんですよ」
出迎えた看護師が、そう教えてくれた。
花井さんは、どんな構図で撮影するか考えていなかったし、打ち合わせもしていなかった。
すると、俊紀さんが何も言わずにベッドに向かって歩き始めた。
酸素マスクをつけたゆき子さん…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル