大手芸能事務所のアミューズ(東京都渋谷区)は、7月から本社機能を富士山麓(さんろく)に創設する「アミューズヴィレッジ」に移転すると今月1日に発表した。移転先は富士河口湖町の西湖のほとり。そばに貴重なクニマスをはぐくむ清流が流れている。同社が移転の理由として挙げる「自然との共生」が注目されている。
アミューズはコロナ禍で休館した大型ホテル「レイクホテル西湖」を改修して本社機能を移す。ホテル側と賃貸契約を結び、屋内と屋外に宿泊施設やレッスンルーム、撮影ルーム、多目的ルームなどを備える。敷地面積は約8800平方メートル。
移転の目的についてアミューズは公式サイトで「心身の浄化」「自然との共生」「常時接続からの解放」などを挙げ、新時代の文化を世界へ発信するとしている。
アミューズは創業1978年。グループの従業員数は約500人。サザンオールスターズや福山雅治さん、星野源さん、ポルノグラフィティといったアーティストや俳優らを多数、抱える。マネジメントを通じて番組・舞台・CM制作を手がけるほか、デジタル時代の新たな音楽や芸能の楽しみ方を追求している。
移転先に近い西湖の湖底には、環境省が「野生絶滅種」に指定するクニマスの産卵場がある。ホテル裏山の渓流が産卵場の伏流水につながっている。
クニマスは本来の生息地、秋田県の田沢湖で絶滅したが、2010年、約70年ぶりに西湖で生存していることがわかった。戦前、西湖に放流されたクニマスの卵が子孫をつないでいた。
町長「大歓迎」、アミューズ「環境保護に関わる」
産卵場はホテルの建つ扇状地の沖合約40メートル、水深約30メートルの湖底。クニマスの生態を調査する県水産技術センター忍野支所の青柳敏裕支所長は「西湖で確認されている唯一の産卵場」とし、「伏流水は清潔な産卵環境を維持し、稚魚の孵化(ふか)に欠かせない酸素を供給している」と発表している。
ホテルを経営するHAMAYOUリゾートは17年末、ホテルがクニマスの種保存に関わる重要な環境にあることを宿泊する小中学生に知ってもらおうと、「クニマス教育プログラム」を作った。生態や伏流水の役割を学ぶ講習会、ホテル裏山の渓流観察会など約2時間半の内容だ。
コロナ禍の前、首都圏などから修学旅行や合宿で大勢の小中学生が訪れ、約3万人がプログラムを受講した。ホテルはクニマス保護の情報発信基地だった。
HAMAYOUリゾートの和田敬吾専務(39)によると、教育プログラムは今後、経営するもう一棟のホテルで継続する計画で「クニマスをはじめ、様々な生物との共生を引き続き目指していく」と語った。
伏流水を研究し、プログラムを監修した県立大の輿水達司特任教授(地質学)は「アミューズに自然の仕組みを理解してもらい、現地の特性を生かした運営に務めて欲しい」と話した。
地元は、この移転を歓迎している。富士河口湖町の渡辺喜久男町長はクニマスについて「建物の改修にとどまり、産卵場の伏流水には影響しないと考えている」との見方を示し、「文化・芸術を担う有名企業の進出を歓迎します。西湖畔がタレント養成の場になり、町の活性化につながる」と述べた。
アミューズの広報担当者は、クニマスの産卵場所近くへの移転についてメールで「地域活動の連携や自然環境の保護に関わるのは非常に重要なこと」とコメントした。(河合博司)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル