「あっ!ペンギン」
流氷の上にちょこん。アデリーペンギンだ。南極観測船「しらせ」が目の前に迫り、驚いて海へ飛び込んだ。2019年12月9日午前5時25分、船は流氷に囲まれた。大小、様々な氷がびっしり海を覆ってふわりふわり。白いカーペットがなびいているみたいだ。
しらせは南極大陸沖を東へ進む。61次観測隊は昭和基地へ向かう前に、寄る場所があった。各国研究者の注目を集めるトッテン氷河だ。その周辺の大陸上では氷が海へ流れ出す速度が増しているという。謎を解く鍵は「氷河の末端が接する海にあるのでは。温かい海水が流れ込んでいるかも」。目を付けたのが61次隊の青木茂隊長(北海道大)や隊員の田村岳史さん(国立極地研究所)だ。厚い海氷の海域でも「砕氷能力が高いしらせなら行ける」と米豪の研究者と協力して観測することになった。
世界初の本格的な現地調査となる。海と空からのアプローチでしらせ搭載の大型ヘリコプターの登場だ。甲板に出した機体の上にローターを取り付ける。氷河沖に迫った11日、爆音をとどろかせて飛び立った。
観測は続く。14日、私も取材で乗れる番が来た。観測のため特別にヘリ後部を開けたまま飛ぶので、専用のドライスーツと救命胴衣を着込むと、身も心も引き締まる。白く輝く海氷の上を飛ぶ。窓の外、はるか南に真っ青な空との境目、白く緩やかなふくらみが見えた。水平線じゃない。今航海で初めて見る大陸だ!
機内で、ヘッドセットを付けた隊員の中山佳洋さんが操縦士と連絡している。搭乗員は筒状の観測機を手にハッチを開けた後部へ。強風を受けながら体を乗り出し、海氷の隙間にわずかにのぞく海面を狙って落とした。海中に消えて1分ほど、山崎開平さんが「来ました!」と合図した。観測機が水深や水温、塩分のデータを送ってきた。場所を変えながらこの日は15本の機器の投入に成功した。
「装置が故障だ」とヘリが引き返してきたことも。「問題は電源だね」と無線や電気機器に強い隊員が集まり、あっという間に直してしまった。さすが技術者集団、急場に強い観測隊の知恵と技に改めて感心する。ヘリの操縦士や搭乗員ら海上自衛隊の技も加われば「百人力」だ。6日間で67カ所のデータを集めた。
船上も忙しい。海底堆積(たいせき)物の採取や採水など、世界初の挑戦が続く。そわそわしたりほっとしたり、連日奔走していた田村さんは「みんなの力で最大の成果をあげられた」。そう、南極観測って人の力の結集なんだ。(中山由美)
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南極観測から帰国したばかりの観測隊長と、中山由美記者がオンラインイベント「南極から地球がみえる」で語り合います。18日午後8時から、参加無料。サイト(https://ciy.digital.asahi.com/ciy/11004599)またはQRコードからお申し込みください。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル