東京オリンピック(五輪)の開会式で楽曲の作曲を担当すると発表されていたミュージシャンの小山田圭吾さん(52)が19日、辞任した。
過去に同級生や障害者をいじめた経験をインタビューで語っていたことへの批判は収まらず、当初から留任を強調していた大会組織委員会の対応を疑問視する声が上がった。なぜ組織委は事態を収拾できなかったのか。社会学者の大澤真幸さんに聞いた。
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学校でのいじめは誰もが被害者になりうるものです。それは極めて理不尽なもので、ある日、そういう立場に置かれてしまったら、本人の努力だけではそこから逃れるのが難しいという恐ろしさがあります。
人間関係から突然疎外される、そうしたいじめの恐怖は誰もが抱くものです。今回の問題を通じて、いじめられた経験がない人も含めて、そうした被害者側の痛みに心を寄せた人は多かったのではないでしょうか。
また、今の日本にはコロナ禍の中で強行される五輪を支持できないという空気が少なからずあり、大会組織委員会は世論から浮き上がった存在になってしまいました。
組織委は、小山田氏を起用した理由や続投させる理由を十分に説明するべきでしたが、国民との信頼関係が壊れている中でそれはできませんでした。
いじめそのものは数十年前の出来事ですが、小山田氏は雑誌で武勇伝のように語っていました。その人が五輪開会式という国家的祭典の作曲を担うことになり、人の痛みが分からない人が「勝ち組」になるのかと怒りを抱いた人もいたのではないでしょうか。(聞き手・赤田康和)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル