困った人を助ける「思いやり」や親が子を思う気持ちを踏みにじるのは「心の殺人」だ――。オレオレ詐欺といった「特殊詐欺事件」のことをそう呼ぶ青木知巳(ともみ)弁護士(東京弁護士会)たちは、被害を取り戻すため全国で初めて暴力団トップの賠償責任を法廷で追及した。事件に直接関わっていないトップから被害金を取り戻すまで、どのような道のりをたどったのか。青木弁護士に聞いた。
《青木弁護士ら弁護団は2016年、傘下の暴力団組員が関わった特殊詐欺について、暴力団対策法31条の2が規定する「代表者責任」を活用して暴力団トップに損害賠償を求める訴えを起こした》
特殊詐欺被害者を救え……弁護士らが考えた前例のない方法とは
――前例のない民事裁判に踏み切ったきっかけはなんですか?
暴力団はピラミッドのような組織で、組員が得た金は上納金としてトップに吸い上げられていく。だから暴対法では、組員が「暴力団の『威力』を利用して資金を得る行為」をした場合、代表者としての責任がトップにあり賠償責任を負うと定めています。
31条の2はこれまで、「俺は組員だ」と暴力団の威力を明確に示して現金を巻き上げるケースに適用されてきました。用心棒代やみかじめ料を支払わせたり恐喝をしたりするのが主な事例で、オレオレ詐欺などの特殊詐欺の場合は、暴力団の姿が見えにくく暴対法を適用できるのか疑問視する意見もありました。
一方で、暴力団の資金集めの手法が、恐喝などから詐欺的手法に変わりつつあることは弁護士の間での共通認識でした。ただ、受け子(被害者から現金を受け取る役)やかけ子(電話をかけてだます役)といった下っ端の実行役に賠償を求めても、彼らは資金を持っていない。被害回復につながりにくいことが懸念でした。だからこそ、31条の2を使って暴力団トップの賠償責任を問うことができれば被害者のためになると考え、法解釈などの研究を提訴の5年ほど前から進めてきました。
《関東地方に拠点を置く指定暴力団住吉会のトップを相手取って訴訟を起こしたのは16年6月。被害を訴えた特殊詐欺の手口は、男が「困っているから名義を貸してほしい」などと電話し、別の男が「名義貸しは犯罪だ。訴えられたくなければ現金を払え」と言って現金を郵送させるものだった。暴力団員が犯行に使う携帯電話の調達をメンバーに指示したことなどから、弁護団は訴訟で、暴力団の威力を示して従わせたと主張した》
訴えるのは怖い? 家族に止められ提訴をやめる原告も
――立証のなかで、不安はありましたか。
特殊詐欺で「代表者責任」を…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル