今から20年ほど前、小学3年生だったさゆりさんは、そっと母の手を握った。
スーパーで買い物をして車に戻る途中、前を歩く母に近づいて、自分の右手を母の左手に重ねた。
「え~何よ~、甘えたいの?」
そんな風にからかわれると思ったが、母は何も言わなかった。
ギュッと強く握り返してくれて、今まで見せたことがない顔をしていた。
笑ってるような、泣いてるような。
いつもはおしゃべりで、よく笑う母だったから、何だか見てはいけないものを見た気持ちになった。
そのまま手をつなぎ、車までの短い距離を何も話さずに歩いた。
手をつないで歩いたのは、この時が最後。
母のカサカサした、温かい手の感触はしっかり覚えている。
毎年毎年、母の日がくるたびに思い出す出来事だ。
突然の別れ
さゆりさんが19歳だった時、母との別れは突然やってきた。
晩ご飯の鍋料理を食べ終えた後、翌日の色彩検定の話題になった。
「絶対受からないよ~」と愚痴をこぼすと、母が腕時計をプレゼントしてくれた。
「あんたなら出来るから、頑張りなよ」
うれしくてすぐに腕に巻いてみたら、バンドが長すぎてぶかぶかだった。
調整の仕方を聞こうと思って、キッチンで食器を洗っていた母の隣に立った。
すると母は、遠くを見るような表情でこっちを向いて、そのまま後ろに倒れ込んだ。
高校の授業で習った「くも膜下出血」のことが頭に浮かんだ。
大急ぎで別室にいた父を呼び、救急車が来るまでの間、心臓マッサージと人工呼吸をしてもらった。
「お母さん、お母さん!」と必死に呼びかける父の声は、今も耳に残っている。
泣きながら子守歌を
「きっと助かる」と自分に言い聞かせながら、病院に到着。
医師からは「非常に、非常に…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル