勝部真一
鳥類は、最初に見た「動くもの」を親とみなす習性がある。和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドでは、ある程度成長させてから親鳥に返す「初期人工育雛(いくすう)」を採り入れている。「私はあなたの親ですよ」。飼育員はちょっとした工夫で、赤ちゃんペンギンを見事に欺いている。
世界最大のペンギン、エンペラーペンギン(コウテイペンギン)が今月1日、体重303グラムで生まれた。同園としては15例目のヒナ。「ペンギン王国1階」で一般公開が始まり、同園の公式YouTubeでも見ることができる。
23歳の母親が7月29日に産卵。体重が40キロ近い親鳥に潰されないよう孵卵(ふらん)器で温め、9月29日にひなが内側から殻をつつき割る「嘴(はし)打ち」を確認した。自力で卵を割って出てくることが困難だったため、スタッフが殻割りを補助した。
同園では2004年にエンペラーペンギンの国内初、世界でも2館目となる孵化(ふか)に成功した。11年まではスタッフが育てる「完全人工育雛」だったが、人の手で成長したペンギンはペアをつくらず、次世代の繁殖につながらない可能性があるため、12年からある程度成長したら親鳥に返す「初期人工育雛」に取り組んだ。
鳥類は生まれて最初に見た動くものを親と認識する。それまでは「人の姿」でエサを与えていたが、親鳥に戻してもエサがもらえないことがあるため、飼育スタッフはペンギン形の覆面をかぶり、くちばしに見立てた手袋をしてエサを与える方法を考案。いっさい声を出さず、親鳥の鳴き声を聞かせ、「コミュニケーション」をとる。一方、親鳥には石灰で作った偽物の卵を抱かせ、ひなを戻す際に偽卵と引き換えにひなを抱かせるという。
ひなは孵化後、いったん体重が減るが、5日時点の246グラムから11日には361グラムと順調に成長。毎日5回、ニシンやオキアミなどを流動食状にしたエサを食べていて、この日もペンギンに扮したスタッフが、優しくエサを与えていた。スタッフの長野真子さんは、「自分からは殻を割って出てこなかったが、誕生後はこれまでのひなと変わらず元気に育っている」と話していた。今月中には体力がつき始める約500グラムに成長するとみられ、親鳥の元へ返す予定。
エンペラーペンギンのひなが見られるのは国内では同園のみ。これまで誕生したひなは、すべて同じ両親から生まれていて、血統問題が深刻化しているという。このため、国内で同園のほかにエンペラーペンギンを飼育している名古屋港水族館(名古屋市)と、繁殖目的で動物を貸し借りする「ブリーディングローン」を行っていて、19年3月に1羽ずつ交換。昨年、今年と産卵を確認したが無精卵だったという。(勝部真一)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル