「息子が泣きながら家を出たときの光景を忘れることはありません」
白い便箋(びんせん)に、強い筆跡で書かれた文字。関東近郊で暮らす80代の女性が昨夏、厚生労働省地域福祉課の担当者らにあてて書いたものだ。
女性の長男は26歳から約20年間、自宅にひきこもっていた。
市役所や保健所、家族会と、考えつく限りの場所に相談に行ったが、何も変わらないまま月日だけが過ぎた。
6年前に夫が他界して、長男と2人暮らしになった女性は、インターネットで見つけた民間の自立支援業者に相談。担当者に「ひきこもりが長期化、高齢化するほど解決が難しくなる」と迫られ、契約を結んだという。
その年の冬。自宅にきた業者の男らに説得されて、階段を下りてきた息子を玄関先で見送った。この契約のために女性は自宅を売り、業者に支払った費用は最終的に1300万円にのぼった。
そして、業者の「自立支援施設」に入所してから約2年後、長男は研修先として赴いていた熊本県内のアパートで、ひとり亡くなっているのが見つかった。
冷蔵庫は空で餓死も疑われたが、業者に事情を尋ねても要領を得ず、お金はおろか、衣服などの遺品も戻らなかったという。
私は、女性の長男が亡くなったその年から取材を始めた。
高額な費用で親と契約し、ひきこもっている子どもの意思とは無関係に部屋から連れ出して施設に入れ、「自立」を促す。こうした民間業者は「引き出し屋」と呼ばれ、そのビジネスをめぐって訴訟やトラブルが相次いでいた。取材の内容は今年1月から2月にかけて、朝日新聞の紙面やデジタル版で連載した。
長男の死後、女性は「息子に何があったかを知りたい」と、業者から逃げ出すなどした若者やその家族が集まる会合に出向くようになった。
そして気力を振り絞るように書いたのがこの手紙だった。
「藁(わら)にもすがる思いで、このような業者に頼る親は多いでしょう。それが子どもにとってどれだけ残酷なことか」。後悔と自責の念をつづりながら、いまひきこもっている人への公的な支援の充実と、「民間の支援業者や団体を規制・管理するしくみを整えてください」と訴える。
手紙は「(会合などで出会ったひきこもりの当事者たちは)皆、心根の優しい、親切な方ばかりでした。皆さんが息子のように命を奪われることなく、ともかく生きていてくれて良かった」と結ばれている。
ひきこもりの状態にある人は、少なくとも100万人以上いるとされる。こうした業者に頼ってしまう背景には、公的な支援体制が不十分なためだとの指摘がある。
ひきこもりや自立支援業者の事情に詳しい精神科医の斎藤環・筑波大教授は、「ひきこもりの支援は一義的には行政としてやるべきこと。当事者の居場所などを提供するグループホーム型の支援も公的にやるべきで、それが無理ならせめて助成金を出すべきだ」と話す。
悩み、孤立し、すがった先が問題のある業者だった――。これが見過ごされていいはずはない。手紙への直接の返答は、まだないという。(高橋淳)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル