「お名前は?」
その問いに、電話の向こうで男が答える。
「土方歳三」
こちらで受話器を握っていたのは、京都市上京区の京都仁和郵便局の田尻雅之局長(59)。電話の男が息子だと思い込む高齢女性の代わりに、特殊詐欺電話に応対していた。
それは4月7日午後4時過ぎ、外から戻った田尻さんに女性がATMの操作を尋ねたのが発端だった。
女性は100万円を引き出そうとしていた。「息子が緊急入院しなきゃあかんから、お金を頼まれた」と言う。
「もしや」。田尻さんは長年の経験で、特殊詐欺だと感じた。だが、女性は「絶対に息子に間違いない」と疑わなかった。
仕方なく「息子さんの顔を見て渡して下さいね」と送り出したが、女性は一人暮らしの80代。「後悔してほしくない」と田尻さんは考え、女性の家へ向かうことにした。
到着して間もなく、女性宅の電話が鳴った。田尻さんによると、特殊詐欺犯は郵便局が閉まる夕方を狙って電話する傾向がある。案の定、女性は電話の相手にこう告げていた。「お金の用意はできたよ」
田尻さんは電話を代わってもらい、相手の名前を尋ねた。「は?」と言って電話は切れた。若い男の声だった。田尻さんは特殊詐欺だと確信した。
数秒後、また電話が鳴る。電話の男は女性に、田尻さんにも聞こえる大きな声で「あいつ誰?」と言っていた。女性が「郵便局の人」と答えると、男は「上司に代わる」。こちらも、再び田尻さんに代わった。電話の向こうの声はさっきとは別の男だった。
「お名前は?」「お母さんの誕生日は?」。田尻さんの相次ぐ質問にも、答えない。しばらくして名乗ったのが「土方歳三」。幕末に活動した新選組の「鬼の副長」の名前だ。だますことを諦めた代わりに、挑発しているようだった。田尻さんの隣で、心配した女性は息子の名前を呼んでいた。
「詐欺をして何が楽しいんや」と怒鳴った田尻さんに、男は「何を興奮しているんですか」と返し、電話を切った。田尻さんは、すぐに上京署に通報。詐欺だったと女性に説明した。
京都府警は後日、特殊詐欺を未然に防いだとして、田尻さんに感謝状を贈った。上京署の西野匠署長は「機転の利いた対応だった」と称賛した。
女性は警察に事情を聞かれ、詐欺だと理解した上で、こう言ったという。「息子が元気ならよかった」。その言葉が田尻さんの印象に残っている。(屋代良樹)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル