2030 SDGsで変える
自由な服選びをすべての人に――。障害や病気で体が不自由な人のために、好みの既製服を手頃な価格で補正するサービスが注目されています。選択肢を増やすことは、SDGs(持続可能な開発目標)が目指す不平等の是正につながっています。(長谷川陽子)
着るものがない?
シャツのボタンが留めにくいのでテープで留める面ファスナーに変えたい。腕を曲げにくいのでTシャツを前開きにしたい。オンライン補正サービスの「キヤスク」には、細かい要望に応えるためのメニューが約80種類、用意されている。料金は1千円台半ばから高いもので8千円ほど。メニューにない補正も相談できる。価格を下げるため実店舗はなく、依頼から完成した服の受け取りまで、すべてオンラインでやりとりする。
この事業を始めたコワードローブ社長の前田哲平さん(46)は、ユニクロを運営するファーストリテイリング社で店長や経営企画などの仕事をしていた。ある日、聴覚障害のある同僚から「私の周りの障害のある人は、着るものがないと言っている」と聞かされた。あらゆる人に向け、低価格で高品質な衣料品を提供しようとするユニクロの服が届かない人がいることに、「衝撃を受けた」。
3年かけて800人の障害者に話を聞き、好みではない服をがまんして着ているなど、選択肢が圧倒的に少ない現実を知った。「心豊かに暮らすため、着たい服を着る権利はすべての人にある。かなわない人がいるのはおかしいと思いました」
記事の後半では、補正を担当する障害児の母親の言葉や、実際にサービスを利用した人の思いを紹介します。
大切なのはたくさんの選択肢から「選べる」こと。障害者用の服をつくるのではなく、好きな服を体に合わせて直せばいい。そう考えた。
2020年末に退社し、クラウドファンディングで構想を披露すると、276人から414万円が集まった。今年3月にサービスを開始した。
どんな障害があっても
「キヤスク」を支える12人の補正スタッフのうち、8人は障害のある子供がいる母親だ。我が子のため独学で身につけた洋裁や補正の技術が、同じ悩みをもつ人の役に立っている。
その1人、東京都の手塚典子さん(43)には、重度心身障害児の10歳の娘がいる。入院も多く前開きの服が必要だが、成長とともに既製服では見つけるのが難しくなった。そこで、洗練された柄の生地などで手作りするようになった。
「周りの人が『かわいい服ね』って声をかけてくれると、本人もニコニコしている。どんな障害があっても着る服は大切です」
障害児の親から注文を受けて販売していたところ、キヤスクから声がかかった。娘は生活全般に介助が必要で、外へ働きに出るのは難しい。「この仕事で社会との接点が生まれてありがたいです。着たいものが着られない悔しさがわかるから、その気持ちに寄り添いたい」
ぶかぶかの制服
東京都の岡田実和子さん(48)は、モニターとして手塚さんらに補正を依頼した。次男の虎次郎さん(16)には脳性まひと知的障害があり、手足が不自由なため服はすべて岡田さんが着せている。ボタンを面ファスナーに変える補正を4着分頼んだところ、「簡単に着せられるようになった!」。
小さい頃から着せるものに苦労してきた。学校の制服は、業者から「着せやすいように」と大きいサイズを強く薦められ、ブレザーもズボンもぶかぶかだ。「着られるけど着にくい。もっとこうだったらいいのにという服が多い」
虎次郎さんはラグビー観戦が大好きで、応援で着るチーム名入りの服の補正も頼んだ。岡田さんは「手の届きやすい価格なのもうれしい。これからまだまだ頼みたいお直しがあって、ワクワクしています」と話す。
広がる「誰もが楽しめるファッション」
SDGsへの関心の高まりや東京パラリンピックの開催などを機に、ファッションでも多様性や「誰もが楽しめる」という考えが少しずつ広がってきた。
大手アパレルメーカーのアダストリアは昨年、病気や障害のある人も着やすい服をつくりはじめた。日本障がい者ファッション協会は、誰もが着られる巻きスカート「ボトモール」を提案し、9月にパリでファッションショーを開く。キヤスクの前田さんも、ユニクロ時代に「前開きのインナー」シリーズの開発を主導した。手頃な値段で手に入ると好評だ。
2022年版障害者白書によると、国内の障害者は推計で約964万7千人、約7・6%に何らかの障害がある。洋服選びに制約のある人は多いが、障害は人によってさまざまで必要とする服も異なる。量産が難しく、採算が取りにくい点が課題だ。
キヤスクはスタートして3カ月。まだ十分な利益は出ていないが、「選択肢を増やす」ことで平等という根本的な課題に正面から向き合っている。障がい者総合研究所(東京都)の戸田重央所長もこうした動きを歓迎する。「ファッションに意識を向けることができれば、心の豊かさやQOL(生活の質)の向上にも役立ちます」
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル