そのジェットコースターに乗れるのは一度に最大14人。最高速度は時速50キロしかでない。でも、50年以上、無事故で走り続け、世代を超えて多くの子どもを楽しませてきた。丁寧に車体や設備をメンテナンスしてきたが、老朽化は隠せず、引退が決まった。14日、ラストランを迎える。
ゴー、ガタガタガタ――。
10月最後の週末、仙台市の老舗遊園地「八木山ベニーランド」のジェットコースターは、レールを走る車両のけたたましい騒音をあげていた。いつもと変わらない子どもの歓声が響く。
市内の公務員阿部ゆかりさん(41)は35年前、母親の敦子さん(67)と一緒に、ここで初めてジェットコースターに乗った。農作業を手伝ったご褒美だったという。
いまから3年前には、母として長女の楓(かえで)さん(10)を連れて一緒に乗った。引退のことは耳にしており、「ジェットコースターデビューの子どもに付き添って、一緒に乗ってきた親の優しさも詰まった場所だと思う」。
東北初のコースターとして1968年の開園時につくられた。当時、他に似た遊具も少なく、その名も「ジェットコースター」。特別な名前をつける必要がなかった。
保護者同伴なら3歳から乗れ、全長約300メートルのコースを90秒で駆け抜ける。高さ8メートルから駆け下りる最高時速は50キロ。53年生まれで浅草花やしき(東京)にある日本現存最古の「ローラーコースター」の最速42キロよりは速いが、いま国内にある多くのコースターの半分もでない。
ただ、いまでは珍しくなった「チャンネル型」という鉄道レール状の構造を採用。あまりに音と揺れが激しく、「このまま壊れるんじゃないか?」と、実速以上にスリルを味わえるのも特徴だ。
青い機関車風のいまの車両は82年に導入した3代目。令和の子どもたちからは「機関車トーマス?」とよく尋ねられる。「それも時代の流れです」と八木充幸園長(68)は目を細めるが、当時大人気だったアニメ「銀河鉄道999」をイメージしたものだ。
半世紀を超える時を経て、東北初のコースターはいつしか東北最古のコースターとも呼ばれるように。数年前から検討を重ねてきたが、園はこの8月、ジェットコースターの引退を発表。丁寧に管理してきたが、今後も維持していくのは難しいと判断した。引退が発表されると、SNS上では引退を惜しむ50件以上のメッセージが園に寄せられた。
ジェットコースター愛好家の渡辺直太さん(36)は「チャンネル型のコースターは日本からもほとんどなくなり、当時のまま残っているのは奇跡に近い。大事に整備をされて、お疲れさまと言いたい」。
ゆっくり走るジェットコースターの人気は、時代の荒波の中でも不思議と衰えませんでした。その秘密の答えを元従業員の男性が明かしてくれました。
走り始めてから無事故を続け…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル