「優しさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人たちとも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえその気持ちが何百回裏切られようと。それが私の最後の願いだ」
ドキュメンタリー動画「A Scene 傷だらけのウルトラマン」には「本物のウルトラマン」の声が登場する。
声の主は高峰圭二さん(76)。1972年に放送されたウルトラマンA(エース)に変身するTACの北斗星司役だった。
岩手県のウルトラマン好きの親子を描くドキュメンタリーが、本物のA(エース)にたどり着くまで。
親子の物語を動画に
岩手県の自然豊かな町で暮らすしろつさん(45)。
家族3人、いつもその中心にいるのは、4歳の息子、はるたくんだ。
家族で立ち寄ったリサイクルショップでの出来事をまとめた記事「くたびれた200円のウルトラマン 息子が「連れて帰る」と言った訳」が配信されたのは4月だった。
家族で立ち寄ったリサイクルショップ。はるたくんが、ソフトビニール製で表面の塗装がはがれた「ボロボロ」の姿を見て、「連れて帰りたい」と言い出した。
ボロボロなのに連れて帰る理由は「だって、このウルトラマンはたくさん戦って、みんなを守ってケガだらけなんだよ。かわいそうだから連れて帰る」。
ばんそうこうを貼られたウルトラマン人形と一緒に寝るはるたくんの写真はSNSで大きな反響を呼んだ。
記事を映像化しよう。そう考えたのは、6月のことだ。執筆した若松真平記者を通じて、しろつさんにメールを送った。
親子で大好きなウルトラマン
子どもの頃からウルトラマンが大好きなしろつさん。リサイクルショップでの出来事もあり、はるたくんの姿を見て思い浮かべたのがウルトラマンAの最終話に出てくる、冒頭の言葉だ。脚本は市川森一さん(2011年死去)によるもの。
地球の子どもたちにいじめられていた宇宙人を救った北斗星司隊員。しかし、それは宿敵の残党で、みんなを救うために、Aは正体を明かして地球を去るというエピソードだ。そこで、最後にAが残したのが、この言葉だった。
「優しさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人たちとも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえその気持ちが何百回裏切られようと。それが私の最後の願いだ」
本物のウルトラマンAにお願い
取材撮影は8月の下旬だった。自宅でのインタビュー、いつも行く公園、花火大会。撮影を終え、編集も終盤にさしかかったときの同僚との何げないやりとりがきっかけとなった。
「このウルトラマンAの名言、渋い男性の声でナレーションとった方がいいよな」
「たしかに…」
「これ本物のA(エース)に読んでもらったら、しろつさんも喜ぶかも」
「今年は放送50周年です」
ひょっとして…。調べると、高峰圭二さんは、いまも活動を続けていることがわかった。
ツイッターのアカウントも見つけた。プロフィルには「時々ウルトラだけ役者?」と書かれている。ただ、連絡先がわからなかった。
その後、ネットを通じて関係者の1人にたどり着き、なんとか連絡先を入手。ダメを承知で連絡してみると、「そんなうれしい仕事なら喜んでやります」と快諾してくれた。高峰さん自身もこの言葉に特別な思い入れがあったといい、しろつさんの子どもへの願いと、高峰さんの思いが重なった瞬間だった。
しばらくすると、いつの間にか、高峰さんとしろつさんが「つながった」。
「仕事が手につきません」「今年一番うれしい日」と喜ぶしろつさん。
高峰さんが「今年も後二月!先月はA新聞社が岩手県のウルトラファンのお父さんのSNS?の投稿、傷ついたウルトラソフビが話題になり…(中略)」とつぶやくと、しろつさんも「はるたとワクワクしながら待ちます」とツイートした。すでに2人が公開の場でやりとりしていた。
高峰さんは言う。「はるたくんが、傷だらけのウルトラマンをあえて選ぶことも、ばんそうこうを貼ることも、大人では考えつかない発想で、非常に子どもらしくかわいいなと思った。また、部屋のシーンが映った時に、しろつさんのウルトラマン愛がすごいと思った(笑)。引き受けて良かったです」。
このほかにも「思い」の輪は広がった。
当時のTACの仲間たち、脚本の市川さんの妻に、高峰さんが連絡したところ、しろつさんとはるた君のエピソードに共感し、今回高峰さんがせりふを読むことを喜んでいたという。
あの言葉への思い
高峰さんにとっても、あの言葉には強い思い入れがあった。
実は本編では高峰さん自身では読んでいないという。北斗とエースで声を分けていたためだ。
「『最終回で北斗がエースだともうわかった後なんだから僕に読ましてください』と直談判したがダメだった。それでずっと心に残っていた」。
それでもエース(北斗)としてせりふに向き合ってきた。
「災害などがあった時、人々に優しさが必要になったときに不思議と思い出し、災害に遭った方々を勇気づけることがあると、聞く」という。
「ロシアとウクライナが戦争をしている今のような状況では余計に響いてくる言葉だと思う。少し難しい内容を子どもにも分かるせりふにした市川さんも本当にすごい」。
言葉を変更
ナレーションの収録日。高峰さんは優しい穏やかな表情でスタジオに現れた。ただ、マイクを前にすると、その目はきりっとした北斗隊員になっていた。
実は、ドキュメンタリー「傷だらけのウルトラマン」では、本編から1カ所言葉を変えて収録している。
それはAの言葉が「最後の願…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル