「もう聞こえへん」
18歳の智(さとし)は母にぽつりと言う。3歳で右目、9歳で左目の視力を失い、そして、今度は耳が聞こえなくなった。
「え?」と聞き返した母は、点字盤と紙を取り出し、点字を打つ――。
障害学が専門で、全盲ろうの東京大学教授、福島智さん(60)。その幼少期から青年期の実話に基づき、母の視点を軸に描いた映画「桜色の風が咲く」が全国で公開されている。
映画化のきっかけは、2018年、松本准平監督(38)が、自身の別の映画作品についての座談会で福島さんと出会ったことだった。
松本監督は、福島さんの深い洞察力と鋭い感性に衝撃を受けたといい、福島さんの母、令子さん(89)の著書「さとしわかるか」を読んだ。当時、まだ息子が幼かった松本監督は、目と耳の機能が徐々に失われていく我が子の痛みを支えることしかできない母・令子さんの苦しみに共鳴した。母親を主人公にすることで、主題を「智だけの苦しみ」ではなく、「誰もが持っている苦しみ」へと広げ、障害のある人に距離を感じている人もより一層、「智」の近くに行けると思ったという。
映画化の申し出を受けた令子さんは快諾。福島さんも、令子さんの意思を尊重した。
ただ、二つの条件を提示した…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル