風の冷たい2月上旬の夜、元小学校教員の久保敬と記者の私は、飲食店がまばらに立ち並ぶ幹線道路沿いを歩いていた。向かう先は、大阪市内の立ち飲み屋だった。
私は久保が新人時代に担任をした5年2組のメンバーの取材を進めていた。その中で、久保を悩ませたやんちゃ坊主のタイチロウが立ち飲み屋を営んでいると知った。
当時の久保をてこずらせた5年生の男子たちの、中心人物だ。久保も強く印象に残っているというので、一緒に店を訪ねてみることにした。
赤ちょうちんが目印の店に着き、中をのぞき込むと、20代くらいの男性がカウンターで店番をしている。当時の教え子は47~48歳の計算だから、彼ではないことは明らかだ。
アポなしだから会えなくても仕方ない。少し飲んで名刺を置き、後日連絡が取れれば――。そう考えてのれんをくぐると、前掛け姿の男性が奥から出てきた。
「いらっしゃい」と声をかけてきたその男性に、久保が声をかけた。
「タイチロウくん……。僕、わかる?」
「……え?」
「覚えてへん?」
「覚えてへん」
「小学校5、6年の……担任してた……」
久保がそう言うと、男性は大きく目を見開いて、早口で叫んだ。
「え? う、うそや! 先生? うそや! まじで? うそや!」
「ほんまほんま」と言って、久保はほほえんだ。
◇…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル