後藤遼太
終戦時、海外には約330万人の日本軍の軍人・軍属がいた。復員した人たちの中には、戦後アルコール依存になったり家族に暴力を振るうようになったりした元兵士たちもいた。
しかし、戦争と精神医療の関係に詳しい中村江里・広島大学大学院准教授(日本近現代史)によると、アジア・太平洋戦争からの復員兵の「心の傷」についての体系的な記録は残っていないという。
心の傷をめぐり最近では、トラウマやPTSDといった言葉が浸透している。トラウマとは、言葉にできないような恐怖や心が耐えられない衝撃を受け、現在まで影響を及ぼす体験のこと。トラウマを受けた際の代表的な反応がPTSD(心的外傷後ストレス障害)で、不眠や悪夢、フラッシュバック、感情鈍磨などの症状が知られる。
PTSD以外にも抑うつ症状やアルコール依存症、自殺企図など、様々なトラウマ反応がある。
中村さんは「当時、まだPTSDという概念が無かった。また、軍が終戦時に精神神経疾患の兵士の資料などを焼却したことも、大きく影響している」と指摘する。
旧日本軍は、ひそかに精神神経疾患専門の国府台(こうのだい)陸軍病院(千葉県市川市)に患者約1万人を集めていたが、その存在を隠蔽(いんぺい)した。そして「皇軍に軟弱な兵士はいない」というプロパガンダを流し、精神を病んだ兵士の存在を否定した。中村さんによると、断片的な陸軍の資料や米軍の調査から推測すれば、現在のPTSDに該当する人々を含む精神神経疾患の兵士は、少なくとも数十万人に上ったと考えられるという。
心を病んだ兵士は、自身を「恥」と思い込む傾向が強いという。精神疾患への偏見の強さや、加害行為を打ち明ける難しさも相まって、戦後も兵士本人や家族は声を上げられなかった。一方、各家庭では虐待などの様々な問題が起きたが、社会問題化しなかった。
中村さんは「いま、兵士の子どもが70代、80代になってようやく語り始めた。家族の話を聞くと、戦争は今でも終わっていないと感じる」と話す。(後藤遼太)
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル