Re:Ron連載「こころがケガをするということ」第7回
まるで誘拐されるみたいだった――。
これまで私は精神科医として、児童虐待を受けたことによってPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した多くの子どもとその加害者ではない養育者に対して、トラウマへの専門治療を提供してきた。この治療は、過去のこころのケガ体験に向き合い、整理することが目的なのだが、その際に「支援を受ける過程でとてもつらかったこと」を語る子どもや養育者は少なくない。支援者は、子どもを守るために定められた仕事をまっとうに遂行していることはまちがいない。それなのに、だ。そこで今回は、支援に潜む「構造的トラウマ」について考えたい。
最初に、実際にあったことを複数組み合わせた模擬事例を3例提示する。いずれも、児童虐待支援現場でよく目にするケースだ。
事例1.虐待通告を受けた児童相談所(児相)の職員が、安全確認のために家庭訪問した際のできごと。父から身体的虐待を受けていたA(小学校低学年)が語ったこと。
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ある晩、突然家に知らない人が何人かやってきた。とても怖かった。その人は、最初にお父さんに「Aちゃんの顔にあざがありますが、どうしたんですか?」と質問した。お父さんは「Aが自分で転んでできたあざだ」と答えていた。それを隣で聞いた時、私のおなかがムズムズして「うそだ! お父さんが殴ったからだ!」と思った。でも、そのうちにわからなくなった。本当は自分で転んでできたあざかもしれない。次に、児相の人は私にも同じ質問をした。私はどう答えようかとても迷ったけど、結局「自分で転んだ」と答えた。変な答えをしたら、またお父さんに殴られるかもしれないし。児相の人たちは、お父さんと私の言うことを信じて帰っていった。
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この事例は、児相の職員が家庭訪問し、既定の安全確認を行った際の光景だ。職員は、子どもが本当のことを言うとは限らないことを知っているので、父やAの言うことを真に受けて帰ったのではないことも明らかだ。とりあえずの子どもの安全を確認し、今後も引き続き見守りがなされることだろう。
恐怖や不安に陥れることも
しかし、Aはこの体験でどのようなことを学んだだろうか。
「やっぱりお父さんの言うことは絶対だ」
「周りの大人もお父さんの言うことを信じるんだ」
そんな思いを強くしたかもしれない。
Aはこの後、積極的に助けを…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル