岐阜市内の繁華街にあるバー「MASU BAR 蓬萊(ほうらい)」。店に入ると、カウンターの奥にある幾何学模様が目に飛び込んでくる。壁一面をベルギーワッフルのような格子状に埋めているのは、ヒノキでつくられた升だ。
伝統の升メーカー、積極コラボ
「お客さんのインパクトは十分。可能性は無限大だと思う」。店の佐古淳喜さん(40)は、ヒノキの香りが漂う店内で満足そうだ。店内のイメージを一変させたのは、岐阜県大垣市の升製造・販売メーカー「大橋量器」がつくる升だ。全国でつくられる木製升の約8割を生産する大垣市。かつては10社以上あった製造元も、いまは4社まで減っている。同社は伝統産業を守るべく、升が持つ魅力の発信に力を入れる。
本来、お酒を飲んだり、コメの量をはかったりするときに使う升だが、同社は伝統に縛られずに異業種と積極的に協業してきた。升を「内装材」として使ったのもその一環。いまは飲食店が中心だが、将来は商業施設やオフィスとも連携して空間をデザインしたい考えだ。どの施工業者でも対応できるよう、地元の木工会社と升を使った内装材の基本キットの開発も進めている。
「シンプルなのでいろいろ対応できるのが魅力」。大橋量器で広報や商品企画などを担当する伊東大地さん(24)は胸を張る。同社に隣接するアンテナショップには、受験生向けの五角(合格)形の升や、グッドデザイン賞を受賞したおちょこなど、アイデア商品が所狭しと並ぶ。アニメとコラボした升商品も多い。
ヒノキ香るコーヒー
今月末、新たな挑戦をはじめる。舞台はJR大垣駅近くに同社が昨年オープンした「枡(ます)カフェ」。升を器にコーヒーやスイーツなどを提供する人気のカフェだ。
「升にあったコーヒーをつくりませんか」。名古屋市西区の「喫茶ニューポピー」から声がかかった。木升の魅力の一つは、その香り。大橋量器自慢の升は、手に取るとヒノキの香りが胸いっぱいに広がる。ただ、カフェでは、それが命取り。店で使う升は、飲み物に香りが移らないようにコーティングしている。
「無垢(むく)の升でコーヒーを飲んでもらう」。自分たちだけでは手が出せない課題に街の喫茶店と挑んだ。ヒノキの香りに負けず、本来の魅力も損なわない新しいコーヒーをつくりだす。豆を選び抜き、焙煎(ばいせん)を繰り返し、升に注いで見極めた。
大橋博行社長(55)は、「升本来の魅力は香りや肌触り。シンプルだからこそ奥深い。そうした伝統的な魅力に目を向けてほしい」。挑戦を繰り返し、新たな魅力を作り出してこそ、伝統は守られると考える。
「地元企業や個人と一緒に考えながら何かを生み出すことが自分たちの目指すかたちかもしれない」。伊東さんら若い社員たちは、地域の活性化にもつながる模索を続ける。(古沢孝樹)
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〈大橋量器(岐阜県大垣市)〉創業は1950年。伝統の木製升の製造販売のほか、祝い事などに使われるオリジナル升の注文にも応じる。近年の和食ブームにより、海外からの注文もある。大橋博行社長の祖母が創業し、現在3代目。社員は31人。伝統工芸品の可能性を追求するため、若手を積極的に採用している。年商2億3千万円。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル