原発避難者たち④
「死んだ方が楽だよな、と毎日、思ってます」
福島県南相馬市の庄司範英(のりひで)さん(55)は、原発事故の避難先で長男の黎央(れお)さん(当時14)を失った。政府と福島県が避難者への住宅提供を打ち切ったため、庄司さんは家族と離れて働かざるを得なくなった。黎央さんは、2017年6月、庄司さんが初出勤する日の未明に命を絶った。それ以降、庄司さんは後を追いたいと言い続ける。今年2月、私は庄司さん宅に行った翌日、彼のことを相談しに、相馬市で被災者を診療するメンタルクリニックなごみの蟻塚(ありつか)亮二院長(73)を訪ねた。
同院の患者は増え続け、月700人となった。世界保健機関(WHO)によると、日本で一生のうちにPTSD(心的外傷後ストレス障害)になる人の割合は人口の1・1~1・6%。単純な比較はできないが、同院の患者では10%弱に及ぶという蟻塚さんは原発事故災害をこう分析する。
「『帰る土地を失う震災』というのが福島の特徴。将来の見通しが立たない。最近、『死にたい』と言う患者がとても増えてきた。高校生、18、19歳の若者や、60、70代の人たちも『何のために生きているんだかわからない』と」
原発事故について国が本気で向…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル