新型コロナウイルスによる休校長期化を受けて導入が検討されている「9月入学制」の議論が進むなかで、解消が必要な具体的な課題が見えてきた。数十万人の待機児童や総額2兆円超の家計負担が生じる恐れがあるほか、卒業を後ろにずらすことで、医療従事者の欠員や企業の労働力不足なども懸念される。政府は6月上旬にも方向性を示すが、学校教育の枠を超えて社会全体に影響を及ぼすだけに、実現には国民の合意形成が不可欠の条件となる。
「見切り発車で、とりあえずやってみようという制度であってはならない」
萩生田光一文部科学相は5月21日の参院文教科学委員会で、9月入学の導入に向けては丁寧な議論が必要であることを改めて強調した。
秋入学をめぐっては昭和62年の臨時教育審議会答申で「必要性が国民一般に受け入れられているとはいえない」と先送りが提言された経緯がある。それほど社会への影響が大きく、導入には慎重さが求められる。
そこで今回は来年9月導入を想定して、主に「一斉移行」と「段階的移行」の2案が検討対象に上がった。
一斉移行案は、入学時期を4月から5カ月遅らせて、従来の対象(平成26年4月2日~27年4月1日生まれ)に、現在の年中児の一部(27年4月2日~9月1日生まれ)を加え、17カ月間に生まれた子供を新小学1年生とする案だ。
段階的移行案は、1学年の人数を13カ月間に生まれた子供とする。来年の新入生を26年4月2日~27年5月1日生まれ、再来年を27年5月2日~28年6月1日生まれのように入学の月齢を毎年1カ月ずらし、5年間かけ完全移行を目指す。
■家計直撃
ただ、いずれの案も課題が指摘されている。一斉移行では新入生が1・4倍の143万人に膨れ上がるため、教員や教室の不足が予想され、進学や就職で競争が激化する恐れがある。
英オックスフォード大の苅谷剛彦(かりや・たけひこ)教授らの研究チームによる試算によると、不足する教員は2万8千人に上る。さらに保育所では卒園の後ろ倒しを受け、一時的に26万5千人の待機児童が発生。段階的移行を選択すれば教員の不足は1500人に抑えられるが、待機児童は5年間で計46万8千人まで拡大してしまう。
9月入学の導入は現役の小中高校生がいる世帯の家計も直撃する。文科省の推計では、移行期の4~8月分の学費や給食費などの追加負担は2兆5千億円に上る。
また、就学期間が変わることで、児童手当などの子育て支援関連の給付といった数多くの手当の支給要件も変更するため、自治体は大規模なシステム改修を迫られる。段階的移行では毎年の改修が必要となり、混乱の原因になりかねない。
■医療にも
教育分野以外にも、卒業時期が後ろ倒しされることで、例えば移行期に医師や看護師に欠員が生じ、医療現場に影響が出る恐れもある。多くの企業でも退職と就職のタイミングのずれが人手不足に直結する。
社会の広範に影響が及ぶことは、少なくとも7省庁に関連する33本が法改正の対象となることからも推測される。来年9月の導入を目指すには今秋の臨時国会に関連法案の提出が必要になるとされ、与えられた準備期間はわずかしかない。
今年度の導入が予定されていた大学入学共通テストの英語民間検定試験や、国語・数学での記述式問題をめぐる議論は「課題があるまま進んでしまった」(萩生田氏)ため、昨年に与野党の反発を受けて見送りに追い込まれた前例もある。
9月入学でも国民の合意が得られないまま導入にかじを切れば、教育にとどまらず社会全体に混乱を及ぼす事態にもなりかねず、文科省関係者からは「同じ轍(てつ)を踏むことになりかねない」と危惧する声も上がっている。
Source : 国内 – Yahoo!ニュース