私の父は戦時中、戦闘機「隼(はやぶさ)」のエンジンを作っていた。19歳の時に爆撃を受け九死に一生を得ており、「残りの人生は余りみたいなものだ」と言っていた。私は、父の余りの人生の中で生まれ育ったということになる。渡辺えりさんの心に残る「ひととき」 劇作家で俳優の渡辺えりさんが、投稿欄「ひととき」を読んでつづりました。「心に残る作品が多く、悩みに悩んだ」という渡辺さん。反戦の強い思い、言葉や文章にして声に出すことへの信念が伝わってきます。「ひととき」は1951年に誕生した朝日新聞の女性のための投稿欄です。(本文中の投稿者の年齢は掲載当時) 奈良市の73歳、加藤江里子さん(「無口だった父」8月29日)、宮崎県の86歳、原田マキ子さん(「硫黄島の砂」8月28日)は、戦争のむごさを、それぞれ別の角度から書いて下さった。 親友が爆死したのに自分が生き残ってしまった私の父の思いと、江里子さんのお父様の気持ちが重なる。マキ子さんのお父様が生きた証しが、敵だった米国の戦史研究家から届いたエピソードも「戦争は誰のためのものなのか?」という根源的な矛盾を浮き彫りにする。 10年以上前だが、国際ボランティアの方たちの好意で、私の自宅にパレスチナ自治区ガザ地区の医師たちを招き、劇団員たちと海鮮鍋でもてなした。その医師たちは、わざわざパレスチナから持ってきたというぶどうの葉を使って、郷土料理を作って下さった。私の故郷、山形人のような情に厚い純粋な方たちだった。 温和なみなさんが、残酷な出来事を淡々と話して下さった。食事中に突然爆弾が落ちて目の前の家族が亡くなったなど、想像を絶した。今もこうした殺戮(さつりく)が繰り返されている現実を忘れてはなるまい。 埼玉県の71歳、小山恵美子さん(「看護師さんの勇気」10月27日)からは、若者の純粋さと勇気を改めて感じる。昨今の、人として優しさを表現しにくい社会の雰囲気は、戦争へつながる怖さがある。 大阪市の51歳、仲川真紀さん(「やっと見つけた人生」8月25日)は、子ども時代にいじめにあったが、多くの人たちに支えられ、自立した精神を手に入れた。 目の見えない方だけでなく、年配の方たち向けの読み聞かせや朗読が必要なのではないかと、日頃から思っていた。東京都の73歳、山崎正江さん(「母への読み聞かせ」11月8日)は、96歳のお母様への新聞の読み聞かせを通して、ご自身の生きる力を得ている。 文章を書くことも大事だ。でも、思いを山ほど抱えていても言葉にして伝えるのは難しい。 岡山市の22歳、河合柚実さん(「見つけたこの場所」11月14日)と、この作品を読んで感激した福岡市の24歳、中川久美加さん(「染み渡った文章」11月21日)は、自分の気持ちを相手に伝えられずに葛藤する思いを文章に託す。 病床で、家族が立てる物音に励まされるという宮崎市の47歳、古川晶子さん(「大好きな物音」8月21日)のような方にとっても温かい声による読み聞かせは大切だろう。 そんな勇気ある温かい声たちを戦場に届け、一刻も早く戦争を止めたい。死んでしまえば最後、温かい声も文章も届かない。 わたなべ・えり 1955年、山形県生まれ。「板上に咲く―MUNAKATA: Beyond Van Gogh」(原田マハ著)の朗読が、アマゾンオーディオブック「Audible」で配信中。 ◇ ◇ ◇「無口だった父」 朝日新聞の(8月)15日付朝刊の記事「抜け殻だった父」を読んだ。心に傷を負い変わってしまった復員兵の話だった。状況は違うけれども、何かストンと心に落ちるものがあった。 私の父は生きていれば106歳。幼い頃、優しく、何かを聞くとすぐに答えてくれる父を尊敬していたが、父は無口だった。母から戦争のことはたくさん聞いた。父からは一切なかった。 大学を出て技術将校として海軍に入り、母と結婚したこと。終戦の日長崎県の大村市で、近くの山に集まり自決することになっていたこと。父は腹痛により、その場に行けなかったこと。母は何回も私に語り、涙した。あの時父が山に行っていたらあなたは生まれていなかったと。父にとってそれは「恥」であり、申し訳なさでいっぱいだったのだと。 10年ほど前、大村を訪ねた。海軍の墓標らしき建物はあったが、ひっそりとしていた。 父もお酒をよく飲んだ。今ならその気持ちが私にもわかっただろうに、戦争のむごさを語ることができたのにと思うと、悔しい。記事を通じ、父の思いを知ることができたことに感謝している。思いは消えることなくつながれていくと信じます。(2023年8月29日掲載)かみしめる平和「無口だった父」を投稿した加藤江里子さんから 30年以上前に亡くなった父。投稿の掲載後、友人・知人より電話などをいただき、息子たちからも「おじいちゃんから話を聞きたかった」という反応がありました。いま日本に住む私たちは平和な日常を過ごせていますが、ガザ地区の痛ましい報道が日々流れています。そんな中、思いを「米を研ぐ 恙(つつが)なき日のありがたさ 戦(いくさ)のニュース流れるなかを」と短歌にしました。 ◇ ◇ ◇感謝 伝えたくて「看護師さんの勇気」を投稿した小山恵美子さんから 電車内で少女を介抱した看護師さんには、彼女の勇気ある行為を周りがどう受け止めたか、ぜひ伝えたいと思って声をかけました。投稿を読んだ知り合いからは「表彰状ものだ」という反応がありました。元看護師の幼なじみは、近所で一人暮らしのお年寄りの健康を気づかって積極的な声かけをしているそうです。使命感あふれる看護師の皆さんの行動に感謝の念を抱いています。母への刺激 願い「母への読み聞かせ」を投稿した山崎正江さんから コロナで中止していた朗読サークルの活動も再開。仲間たちや講師が投稿掲載を喜んでくれました。普段の活動で読むのは短編小説やエッセーが多いのですが、母に読み聞かせるのは、もっぱら新聞です。記者が書いた政治や経済の記事よりも、素人の読者が投稿した文章がお気に入りのようです。最近は聞いているかどうか定かではありませんが、刺激にはなっているはずと思い、続けています。Source : 社会 - 朝日新聞デジタル
6 mois Il y a