「この桜が見られるころには、また全員で集まれるかな」
卒業式を終えたばかりの木挽(こびき)美空(みく)さん(12)はそう思いながら、桜の苗木に丁寧に土をかけた。
ほかの卒業生5人も一緒に苗木を囲み、代わる代わるスコップで根元に土をかぶせていく。
皆口和寛さん(72)はその様子を見守りつつ、こう言った。「この桜はほかよりちょっと目立つ色。ここを目印に、また見に来てね」
地震と津波で大きな被害が出た石川県珠洲市。市立正院小学校では15日の卒業式のあと、仮設住宅が並ぶ校庭のわきで、卒業生らが2本の桜の苗木を植えた。
苗木は、地域で野菜などの農園を営む皆口さんが贈ったもの。ソメイヨシノよりもピンクの色彩が強いのが特徴だ。
能登半島の先端にある珠洲市は、農業などの一次産業がなりわいの中心だ。だが、人口減少が進み、農業関係の仕事に就く人がこの40年で7分の1に減った。今では500人ほどだ。
就業人口の減少に伴って、地域には耕作放棄地が増えた。田畑だった場所がススキで埋め尽くされ、イノシシなどの害獣が増えた。
地域の課題になっている耕作放棄地に桜の木を植えたら、みんなで楽しめないか――。
そんな思いつきで、皆口さんが育成を始めたのは21年。最初は試行錯誤が続いたが、翌年、知人の紹介で県農林総合研究センターが育成した桜の譲渡に応募した。桜はセンターの近くで偶然見つかった「未登録」の系統で、これを各地で実験的に育てる取り組みだ。
譲り受けた桜を、さくらんぼの「台木」に接ぎ木したところ、40本ほど苗木ができた。昨春からは約100本育成でき、「これならもっと桜を育てられる」と希望を抱いた。
地震が起きたのは、その矢先だ。
地区は家屋の倒壊が激しく、皆口さんも発災直後はビニールハウスで過ごした。土砂崩れで、今年は田んぼに水が引けないかも知れない。
「こんな状況のなか、桜を使って何かできないか」と地域で相談し、卒業式後の植樹につながった。
卒業生6人のうち2人は、地震の影響で市外の中学校に進む。桜が花を咲かせるまで4~5年。5~6メートルまで成長し、見頃を迎えるまでは10年ほどかかるという。
皆口さんは「珠洲を離れても、どこかで桜を見たとき、珠洲にはこんな目立つ桜があったなと思い出すきっかけになってほしい」と話す。
被災した珠洲のまち全体を鮮やかなピンクで彩りたい。そのために、皆口さんはこの春もまた苗木を育てる。(古畑航希)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル