当時56歳だった実母を自死で亡くした伊藤さん(仮名)。伊藤さん自身は当時30歳で、父・母・兄・伊藤さんの4人で一緒に暮らしていた。伊藤さんの結婚が決まり、結婚式場の内見をしていた時期に母が自死した。
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日曜日の午前中の出来事だった。この日は、伊藤さんが候補の結婚式に両親を連れて行く予定だった。なかなか起きてこない母の様子を伊藤さんが見に行くと、部屋の一番奥に首を吊った状態の母がいた。傍らには、殴り書きのような字で内容も支離滅裂ではあったが「明日が来るのが怖い」「こんな自分で申し訳ない」などと書かれた遺書も残されていた。
母が亡くなる前夜、伊藤さんは母と結婚式や仕事の話などで盛り上がっていた。伊藤さんは、「あなたは頑張っててえらいね」と穏やかに話していた母の姿を今でも覚えている。
伊藤さんの母は体調を崩しがちで、家にいることが多かったという。伊藤さんの妹が東京の大学へ進学するために親元を離れたときには、ひどく落ち込んでしまい「更年期障害がひどい」と医者にかかっていた。
更年期障害から鬱になっていたのではないかと推測しているが心療内科・精神科を受診したわけではなく、家族も「更年期障害が重くて、ふさぎ込んでるんだよね」くらいの認識だった。
母の自死の第一発見者となった伊藤さんは、その瞬間についてこう語る。「この世とあの世にもし境目があるなら、そのドアが開いて、暗い中で母がうなだれてこっちに向いて立っている」。そんな風に見えたという。
母を発見した伊藤さんは、大声を上げて兄を呼びに行った。2人で泣きながら母を下ろし、買い物に出ていた父に連絡を取った。
眠ろうとしても母の死がフラッシュバックしてしまい、目を閉じることができなくなったという伊藤さん。かかりつけの内科へ家族に連れて行かれ、睡眠薬を処方されたが、薬効が強すぎたため、精神状態は悪化の一方だった。
一家で昔からその土地に住んでいたため、世間体の問題もあった。葬式は自死であることを伏せて行った。葬式の前後、母の死因を誰にも伝えてはいけないことが「とてもつらかった」と声を震わせた。
一般社団法人・全国自死遺族連絡会の代表理事である田中幸子さんは、自死遺族の適切な支援のためには「まず当事者の声をヒアリングするべき」と語る。田中さんによると、行政からの支援はほとんど心のケアに関するものだけで、現状「具体的に何が必要か」「どのようなサポートが求められているのか」を探るような動きはないという。
伊藤さんも、自死遺族は「下の立場」にあると話す。周りから「支援してやる」という態度を感じ、同等な関係ではないと思った。「分からないから話を聞いて理解し合おう」というスタンスではなく、双方向のコミュニケーションがない“支援”だという。自死遺族に対し、どのように向き合うべきか、適切な支援が求められている。
(『Wの悲喜劇~日本一過激なオンナのニュース~』/AbemaNewsより)
Source : 国内 – Yahoo!ニュース