笑みをたたえた半裸の子ども、矢をかつぐ隈取(くまど)りの男、一点を見つめる一対の犬、そして、おひな様。これらがずらりと並ぶ施設が、東京近郊にできる。静寂のなか、切れ長の目で無言で見つめられたら――。
「人形は怖いですよね。たぶん命とか魂が宿ってるんじゃないかと思った瞬間、怖くなるんじゃないか」。評論家の山田五郎さんはそう語り、「自分にいいことしてくれる分にはいいが、敵対すると怖い」と言葉を継ぎ、笑った。
都心から電車で約1時間。室町時代後半に城が築かれたとされ、江戸時代は日光御成道の宿場町としても栄えた、さいたま・岩槻(いわつき)。
ここは日本の人形産業を支える一大拠点だ。江戸時代に「ひな祭り」が行事として広まって以降、大正時代には本格的な人形産地となった。地元の「岩槻人形協同組合」には、約60の事業所が加入している。
「流しびな」や「供養祭」。人形にちなんだ行事も多い。この街の新たなシンボルとして期待されるのが、来年2月に開館する「さいたま市岩槻人形博物館」だ。
市内のホテルで25日にあった関連トークイベントで、人形の「芸術性」や「癒やし効果」とともに、「怖さ」があると語った山田さん。林宏一館長は、人形の「魅力」に加え、「怪しさを見てもらって、知ってもらいたい」と応じた。
市によると、公立施設としては全国で初めての人形専門の博物館になる。展示の柱となるのは、人形玩具の普及に尽力、人形作家の育成にも貢献した日本画家・西沢笛畝(てきほ)氏(1889~1965)が集めた約4300点のコレクションで、ひな人形や御所人形など江戸時代に作られた古典様式のもの。
このコレクションは、施設オープンを悲願としていた協同組合が2005年、もともとの収蔵先だった県内の美術館から約3800万円で購入し、翌年、市に寄贈した。市もその半額を補助した。
このほか日本屈指のコレクションとして各地の美術館で公開され、市による鑑定で総額約1億円の値がついた人形コレクター浅原革世さんの800点も収蔵。寄贈資料なども含めた約5千点超のなかから常時30~50点を展示し、地元岩槻の人形づくりの文化と合わせて紹介していく。
年間の目標の来館者数は7万4千人。都心からどう人を呼び込むのかが課題だ。山田さんは、博物館自体には「相当いいものがまとまって見られるので、楽しみだ」と期待しつつ、「岩槻に来たのはこれまで一度だけ」と明かした。
埼玉には同じく城下町として栄え、年間700万人以上が訪れる小江戸・川越がある。「出没!アド街ック天国」(テレビ東京系)でもおなじみの山田さんは「人を呼ぶベースのインフラがまだ足りていない。ぽつぽつ残る城下町の町並みを、博物館を起点に広げ整備したら違ってくる」と話した。
博物館は人形の修理・修復にも力を入れる予定だ。木や布などで作られた人形は傷みやすく、収蔵品のなかにもすでに手当てが必要なものがある。優れた作品を後世に残すとともに、修復技術を蓄積しようと、博物館は4人の専門技師を採用する。
開館は来年2月22日。東武野田線岩槻駅から徒歩約10分で、観覧料は一般300円、65歳以上と高校・大学生150円、小中学生100円。問い合わせは同館開設準備室(048・749・0222)へ。(釆沢嘉高)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル