「よく利用していた広島市内のガソリンスタンドが、ガソリンを携行缶では売ってくれなくなった」。庄原市の男性(73)から編集局にこんなメールが届いた。小分けで売ってもらえないと草刈り機が使えないと困惑する。他にも農機具や発電機など、携行缶でガソリンが購入できないと使えない道具は意外にある。ガソリンスタンドで何が起きているのだろう。脳裏に浮かぶのは、あの悲惨な事件だ。
▽京アニ事件契機
そう、36人が死亡した京都アニメーションの放火殺人事件。青葉真司容疑者(41)=殺人容疑などで逮捕状=は昨年7月の事件直前、ガソリンスタンドで約40リットルを携行缶で購入していたことが分かっている。
事件を受け総務省消防庁が、全国のガソリン販売事業者に次のような協力を求めたのも記憶に新しい。(1)購入者に運転免許証など身分証の提示を求める(2)使用目的を問う(3)販売記録を作成する―など。ガソリンを悪用した犯罪の抑止を図るためという。今のところはあくまでも「協力要請」だが、2月には改正省令を施行し、事業者に義務付けることになった。
こうした動きも、携行缶での販売取りやめと関係があるのだろうか。「小分け販売の全面中止」と大きく張り紙をした広島市内のセルフのガソリンスタンドを訪ねた。「お断りするのは心苦しかったが、やむを得ない」と店長は語る。
セルフのスタンドであっても携行缶への給油を客に任せることは法律で禁止されている。危険物取扱者の資格がある従業員か、もしくはその立ち会いのもと別の従業員が行わなければならない。これまでも、注文を受けると洗車や車検などの業務を中断し、携行缶の給油に回らねばならなかった。
そこへ、身分証の確認作業などが加われば現場は追い付かない。ガソリンスタンドの運営会社は「スタッフの負担が大きくなり過ぎる」と判断したという。
記者が電話をかけて調べた限りでは、こうした理由で小分け販売をやめたガソリンスタンドは少なくとも同市内で6店舗あった。全体で見ればほんの一部だが義務化となると今後さらに増えかねない。そうなれば困るのは消費者だ。
▽民間任せの規制
一方で、「小分け販売を継続する」と答えた多くのガソリンスタンドも不安を抱えていた。「免許証を提示しない客にどう対応すればいいのか」「ただでさえ人手が足りないのに」「個人情報をどう管理すればいいのか」…。精神的な負担感が言葉ににじむ。
じわじわと疑問が湧いてきた。そもそも、この確認作業による犯罪の抑止効果はいかほどだろう。身分証が本物かどうか、使用目的を偽られたら―。形だけのチェックになりはしないか。ガソリンを悪用した事件を、どうにかして防がなければならない。民間任せの規制で本当にいいのだろうか。
業界団体の全国石油商業組合連合会は、本人確認などの義務化に対して異論はないとした上で「携行缶でのガソリン購入は登録制にして、消防署への事前の届け出を必要にすることも選択肢ではないか。登録証を見せるだけなら、購入側の負担も減る」と提案する。
これに対し消防庁は、「登録制などで購入自体に規制を課すことは、生活への影響が大きく慎重に検討すべきもの」という見解にとどまる。
ガソリンは、過去にも凶悪な放火事件に使われている。揮発性が高く引火しやすい。火が付けば爆発的に燃え広がる。ガソリンスタンドの経営指導をする中小企業診断士の金田賢二さん(52)=広島市南区=は、こう指摘する。「現場の努力に任せるだけではなく、消費者の利便性を担保しながら、国が主体となる規制の在り方も考える時ではないか」
Source : 国内 – Yahoo!ニュース