溺れそうになった時、浮力で命を守ってくれるライフジャケット。最近は川遊びなどの水辺のレジャー用に買う人も増えてきました。ただ、「たとえ命に比べたら安いと聞いたとしても、勧めてくれる人が身近に何人もいなかったら、買わなかったかもしれません」と、ある女性は話します。そんな心理的なハードルは多くの人が直面する日常が重なって生まれています。どうすれば安全の輪はさらに広がるのでしょうか。
長野県に住むグラフィックデザイナーの江村康子さんがライフジャケットを初めて買ったのは4年前。海への家族旅行がきっかけだった。当時10歳と7歳の二人の子ども用として買い求めた。
「浮輪だと体がすっぽ抜けるかもしれないから、遊んでいる最中もとても心配したはず。体にフィットしているライフジャケットは安心感が違いました」と話す。
ライフジャケットの必要性を知ったのは、その1~2年ほど前。仕事仲間が「川遊びでライフジャケットを着ないで亡くなってしまう人がいる」と教えてくれた。
溺れないための大事なもの。「そう頭では理解したけれど、その時に『絶対必要だ』とまでは考えなかったんです」
振り返ると、理由はいくつも思い当たった。
「もったいない」と考えた時も
「超インドア派」という江村さん。子どもとの水遊びは、自宅近くの公園にある水深1センチほどのビオトープが中心だった。川で遊ぶ経験はほとんどなく、「すぐに買おう、とはなりませんでした」。
子どもたちは成長まっさかり。服や靴などはどんどん小さくなっていく。自転車を買い替えた時期も重なり、自転車のヘルメットと比べると、ライフジャケットを使う頻度はとても少ないように感じた。
1着3千円としても子ども2人で6千円。大人も含めれば、もっと高い。でも、使う場面がほとんどなく、すぐに小さくなってしまうかもしれない。そうしたら、また買うの――?
「様々な出費が重なるなか、ライフジャケットを買うのはもったいない、と思った時もありました」
子どもから四六時中目を離さないことは不可能だ。子育てをしていて、日々実感していた。
それでも、自身や子どもが川で溺れそうになった経験がなく、「浮輪もあるし、すぐそばで子どもを見ていれば大丈夫かな」と考えてしまった。
そうこうしているうちに、江村さんは海への家族旅行を決めた。そこで、ライフジャケットを用意するかどうかを、アウトドアメーカーで働く友人にSNSで相談した。すると、
「絶対必要」
と強く勧められた。
さらに、
「お股のベルト付きで」
股下のベルトは、ライフジャケットが水中で脱げてしまうことを防ぐための大事な機能だ。
その友人はふだん江村さんに、「ラーメンにカロリーは無いよ」などと冗談を飛ばすような人柄だったが、この時は大真面目だった。
ただでさえ子育てで出費が重なっていること、インドア派ゆえにアウトドアにはお金を出し渋る傾向、股下ベルトの無い安い商品と迷うかもしれないこと。その全てを見越しての絶妙なアドバイスだった。
どれか一つでも欠けていたら・・・
もともと江村さんは、日常的な子どもの病気や育児、事故予防などの情報を発信する「教えて!ドクタープロジェクト」(https://oshiete-dr.net/)のグラフィックデザインも担当し、子どもの安全に強い関心があった。
こうした仕事の影響や、「ライフジャケットが大事」という事前の知識、相談できるアウトドアメーカーの友人の「どれか一つでも欠けていたら、ライフジャケットを買わなかったかもしれません」と振り返る。
江村さんが子どもの頃はライフジャケットを着て川で遊ぶことがなかった。目にしてきたアニメやCM、映画などで、ライフジャケットを着ずに川遊びする映像も「よくある風景」として頭の片隅に積み重なっていた。こうしたことも、ライフジャケットが絶対必要と当初考えなかったことにつながったかもしれないと感じている。
急に深みにはまったり、こけで滑ったりして流されてしまうといった水辺の危険を伝え、ライフジャケットの重要性を伝えることはもちろん大事だ。
ただそれだけではライフジャケットの着用はなかなか浸透していかない、と江村さんは感じている。
「身近な人にライフジャケットを勧める、友人から『お下がり』をもらうといった文化によって、普段から目にしたり話題にしたりすることが増える。もっとライフジャケットを着ることが当たり前になっていく気がします」(滝沢卓)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル