不安だらけの日本社会。今こそ、迷惑をかけあうことが未来を拓(ひら)く――。ゴリラの研究をしてきた霊長類学者の山極寿一さん(70)は、低成長時代にめざすべき社会について、こう指摘します。その真意とは――。
人と付き合うことを忘れた社会
――今の日本社会は不安が広がり、希望を感じている人が少ないように感じます。なぜですか?
一言でいえば、「時間の使い方」にその答えがあると思います。
産業革命までは、人類は自然の恵みに頼り「自分の時間」ではない自然な時間を生きていました。
それが産業革命以後、都市がつくられ、工業生産が始まり、時間を管理するようになった。人工的な時間をつくってしまった。生産を高めるために、なるべく時間を効率的に使うという思想が生まれました。
時間を管理することで、人間は「工業的な時間」に駆り立てられるようになった。私はそこが今、行き詰まりに達しているのだと思いますね。
政府や自治体、企業は、制度やシステムを強化する。我々は、そこにぶら下がることで、自身の安全保障や豊かさを買っている。
ファストフードやコンビニなどの多様な供給サービスがあり、それを効率的に使えば、自分の自由な時間ができる。けれど、自由な時間を何に使っているかというと、またシステムに頼っています。
映画やレストランに行ったり、スポーツ観戦をしたり。合間には情報検索でスマホをみています。
問題は、人と付き合うことを忘れているということなのですよ。
――それが加速化したのが、80年代だと講演などで指摘しています。
80年代、「自己実現」と「自己責任」という言葉が流行しました。これにより人々は、人に頼ることをやめてしまった。
人に迷惑をかけなければ、自己実現のために何をやってもいい。自分がのしあがることによって、自分で「おめでとう。よくやったね」と自己評価する。そういう自己本位な世界観になってしまったのです。
だけど私は、それでは孤立感だけを深めてしまうと思いますね。なぜなら、人間にとって時間とは、本来、他者と共有する時間だったからです。
「自分の時間」の放棄が新しい未来を築く
――どういうことですか?
人類の進化の過程をみると…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル