人間と動物のセックスと聞いて、眉をひそめる人も多いでしょう。
文化人類学の立場から動物性愛を研究する濱野ちひろさんは、ドイツで自らを「ズー」と称する動物性愛者たちと生活を共にし、フィールドワークを続けました。いわゆる「獣姦」とは対極にあり、動物と、その性も含めて対等な関係を築こうとする彼らを描いたノンフィクション『聖なるズー』(集英社)は、今年の開高健ノンフィクション賞を受けました。
動物性愛という研究テーマを選んだのは、自身が性暴力を受けた経験があったから。ズーに出会ったことでセクシュアリティーをめぐる考えが変わったという濱野さんに話を聞きました。
性暴力の経験に引きずられて
――本のプロローグでは、10代後半から20代にかけて、当時のパートナーから性暴力を受けた体験をつづっています。
「研究論文では自分自身のことを書く必要はありません。しかし、ノンフィクションではこの研究に着手した理由を含め、自己を開示する必要があります。他者についてだけではなく、自分についても深く突き詰めていく作業を執筆中に行いました」
――執筆は順調でしたか。
「すごくしんどかったです。プロローグは、たしか2日で書いているんですけど、書こうとするまでに2カ月かかっています。性暴力のことを書かなきゃ始まらないとは思っているけど、『よし、書く』となるまでの2カ月、すごいストレスの中にいた」
――映画評や旅行、アートなど幅広く書かれていたライターとしてのキャリアを離れ、39歳で京都大学大学院に進みました。研究者の道を志したのはどうしてですか。
「性暴力の経験が私の中で大きい重力を持って、引きずられるんですよ。抵抗しようとカウンセリングに行ったり恋をしたり、いろんなことをしたけれど、なおらない。なぜ私にその出来事が起きたかを、自分の言葉で説明できるようにならなければ変わらないと思ったんです。傷は生乾きのままというか。といって、私自身についてエッセーを書くのはただの傷の暴露で、社会で起きている性や愛にまつわる問題に対する私のものの見方を変えてくれることにはならない」
「であれば学問だろうと。アカデミックな言説の中での思考は、理性を助けてくれるところがあるので、それを求めてセクシュアリティーの研究をしようと決めました」
不安が大きかった
――なぜ動物性愛を研究テーマに選んだのでしょうか。
「性暴力を正面から取り上げなかったのは、私の中にある常識や善悪の判断は変わらないと思ったんです。被害者や加害者に会って調査しても、私の中に根深く性暴力への怒りがあるから、絶対フラットに見られない。自分のバイアスを深めるだけになる可能性がある。でも、違う題材を通して、迂回(うかい)していけば、その経路の中で自分が変わっていけると思いました」
「動物性愛というテーマを見いだしたときには、不安が大きかったです。どうなってしまうんだろう私の人生、せっかく大学院まで行ったのに、こんな変なことして変人と思われるという気持ちでいっぱいでした。でも怖いからこそやるべきだと思いました」
――犬や馬をパートナーに暮ら…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル