展覧会は一時的なものかもしれない。それでも、展示内容をまとめた図録ならば、後世に引き継がれる。広島の小さな私設美術館がこの夏に作った図録のコンセプトも「未来に伝えてほしい歴史があります」。企画制作したチームは「全国の人たちにも手にとってほしい」と願っている。
戦前のにぎやかな軍都・広島を紹介
《「ヒロシマ」は生きていた。それをぼくたちは知らなすぎた。いや正確には、知らされなさすぎたのである。》
1945年8月6日の米軍による原爆投下から13年後、写真家の土門拳が世に送り出した写真集「ヒロシマ」の一文である。
広島市西区の公益財団法人「泉美術館」で8月まで開かれた「広島の記憶」の狙いも「知られていない広島を伝えること」にあった。そして、図録「HIROSHIMA」(AB判、129ページ)にも、この一文が冒頭に書き込まれた。
今回の特別展で紹介されたのは、戦前のにぎやかな広島や軍都・広島の姿であり、占領下のプレスコード(52年まで続いた報道統制)があって公表できなかった原爆被害だ。
戦前の資料の多くは原爆で消失し、占領下では原爆被害に関わる写真や記事が検閲を受け、没収・廃棄された。そんな厳しい中、生き抜いた記録の数々が集められた。
戦前の資料がほとんどが消失し、没収・廃棄される中、どのように資料を集めたのでしょうか。
「我々の生活が一瞬にしてな…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル