【秋田】紅葉や雪だるまなど、季節ごとのイラストや文字が入った小さなコルク板を何枚も棚に並べて飾る店が、秋田市中通6丁目の南大通り沿いにある。ガラス張りの店内に人の姿はなく、「興味のある方はお電話ください」と記されている。店の前に横断歩道があり、信号待ちの人が不思議そうにのぞき込んでいる。何のお店だろう。
電話してみると、店主の田中史さん(50)が出た。「コップ敷きのコースターを売る店なんです。お客さんから頼まれたデザインを表面に焼き付けて、贈り物や記念品にと考えたんですが、宣伝もしていないし、正直あまり売れていません」と、きまり悪そうに教えてくれた。
本業は、歓楽街の川反などに車で飲みに来た酔客を自宅に送り届ける運転代行業。副業でコースターを扱う店「ブラッシュ」を始めたのは昨年4月のことだった。
店はJR秋田駅の南西約500メートルの位置にあり、以前は金券ショップだった。随伴車両を3、4台稼働させていた5年ほど前、事務所用に借りたが、その後、台数を減らして必要性が薄れ、物置として使っていた。
昨春、新型コロナウイルスの感染拡大とともに居酒屋やスナックに来る客が減ると、運転代行の需要もプツンと途切れた。「これはやばい。何か新しいことに挑戦しないとダメだ」と焦り始めたとき思いついたのが、元々好きだった、ものづくりの仕事だった。
高校卒業後、専門学校でコンピューター制御のNC旋盤や、刃物を回転させて平面や曲線を削るフライス盤の操作を覚えた。10年近く前まで金属加工の工場で働いていた。図面を確かめながら手を動かし、自動車部品などを仕上げるのが得意だった。
実は2年前、店の2階にパソコンで制作した画像などをレーザー加工できる機械を持ち込み、趣味でコースターを作り始めていた。仕事で世話になっている飲食店の開店記念日に、店のロゴを入れて贈ると、店主が思いのほか喜んでくれて、温かい気持ちになった。
元々はそんなサービスの一環だったが、少しでも稼ぎの足しになればと1枚300円で注文販売を始めた。コロナ禍で外食産業に客足が戻る時期は見通せない一方で、自宅で酒を飲む人が増えている。「酒器にこだわる人がいるように、自分だけのコースターを用意して、お酒をもっとおいしく飲みたいという人がいるのでは」
昨秋、地元のラジオで紹介されてから、ポツポツと関心をもって電話してくれる人が現れ始めた。ただ、生活のために別のアルバイトも始めることになり、常駐は難しい。そこで無人店舗として続けている。
「コースター作りは気楽にやっていきたい仕事。でも、お客さんに『こういうものを』と言われたら、何とかそれに近づけたい、と職人魂が燃えてきます。じっくり時間をかけて、完成度の高いものを作りたいですね」(佐藤仁彦)
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たなか・ふみと 1970年、秋田市生まれ。運転代行の仕事が夜から未明まであるため、午前中は貴重な睡眠時間。コースターに関する問い合わせは、午後1~6時、電話(080・9634・8641)で受ける。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル