保健所に保護されたものの病気で引き取り手が現れず殺処分の可能性があった柴(しば)犬(いぬ)を沼津市の女性が世話をして里親を探せるまでに回復した。引き取ったのは、かつて自分を救ってくれた犬への「恩返し」でもあった。
沼津市足高の別荘地。一軒の庭で小型の柴犬が走り回っていた。
「デンデンおいで!」。飼い主の望月紗貴さん(37)の呼びかけにも応じず、少し前まで病気だったとは思えないはしゃぎっぷりを見せるのはオスの柴犬デンデン(推定8歳)だ。
望月さんとデンデンが出会ったのは8月。富士市内で保護されたデンデンが富士保健所に収容されていた時のことだ。
愛護団体の「しずおかセラピードッグサポートクラブ」がSNSに投稿した柴犬の写真は、お世辞にもかわいいと言えなかった。皮膚の病気で毛がほぼ抜けた足や腹は炎症で赤黒くなっていた。かゆくてかきむしったのか、目の周りの毛もなかった。病気は他の犬にうつる可能性がある。「ひどい状態。誰も引き取らないだろうな」と思った。
里親が現れないと、殺処分になる可能性がある。保健所の担当者は「病気もあり、引き取ってもらう『譲渡』には向いていなかった」と振り返る。
望月さんの自宅には犬や人から隔離し、治療に専念できる空き部屋があった。体に良い食事を与え、ストレスなく過ごさせれば回復の可能性があると考え、引き受けることにした。
「私にもできることがある」実感
自宅で犬や猫を飼い、犬の管理栄養士などの資格を持つ望月さんは、免疫力を高めるためシカ肉や野菜を与えた。触れるときは消毒して手袋をはめ、部屋やケージは1日に3度拭き掃除をした。保護団体や友人からの支援を受けながら、デンデンと向き合った。
効果はすぐに現れた。初めは寝てばかりいたデンデンは元気に動き回るようになった。やがて毛が生え始め、2カ月後には生えそろった。多少、夜鳴きをするが、見た目には他の柴犬と変わらない甘えん坊で、里親を探せるまでになった。
望月さんは、過去に犬に救われた経験がある。社会に出てから、うつ病や統合失調症を発症。生きるのがつらくなり、大量の薬を服用し、自傷行為に及んだこともあった。
そんな時、ペットショップで出会ったのが、「ちょこ」だ。左目がブルー、右目がこげ茶のバーニーズマウンテンドッグ。一目惚れして購入した。
ちょこは3年後に悪性腫瘍を患った。2度手術も経験した。望月さんはペットの栄養や介護について勉強し、資格を取って世話をした。懸命に生きようとするちょこと向き合ううち、自らの死にたい気持ちは薄れていった。「ちょこと一緒だと、遠出も楽しくって」。犬を通じて人との関わりも増え、睡眠薬もいらなくなった。
今でも外で働くのは難しいが、ちょこのために取った資格を生かし動物関係の記事を書く仕事をしている。デンデンを迎え入れたのは自分を救ってくれた犬への恩返しになると思ったから。どんどん元気になっていくデンデンを見て、「私にもできることがある」と実感できた。
飼い主に捨てられ、殺処分されるペットは後を絶たない。病気と向き合い、決して暮らしに余裕があるわけではなかった自分にもちょこやデンデンを育てることができたのは家族や支援してくれた人たちがいたからだ。
「自分も一人では育てられなかった。絶対に安易にペットを飼うのはいけないとも痛感した」。寄付などを通じ、より多くの人に犬の保護活動に関与してほしい。そう願っている。(堀之内健史)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル