「その時代の中で面白いなっていうヒト、コト、モノのそばに行って、一番いいところをパパッと撮っちゃう」。亡くなった篠山紀信さんの写真の本質は本人が語った言葉に凝縮されている。
三島由紀夫さんや長嶋茂雄さん、山口百恵さんらの著名人から東京の街の変化まで、常に時代に伴走するように「これしかない」と思える写真を撮り続けた。
それを可能にしたのはまず、「週刊プレイボーイ」や「明星」「GORO」といった全盛期の雑誌の数々だ。表紙の写真を約20年撮った「週刊朝日」では、俳優となる宮崎美子さんが初回の、女子大生シリーズといったヒット作も生まれた。
しかしそれ以上に重要なのは、本人が「写真力」と呼ぶ技量の存在だろう。写真との本格的な出あいは、日本大学芸術学部の写真学科でのこと。当初から「職業」としての写真家を意識。早くから頭角を現し、卒業制作の写真が雑誌に掲載された。
広告制作会社を経て独立する…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル