【三重】「そんなら、僕がマグロの解体ショーでもしましょうか」。最初は冗談のつもりだった。ところが、返ってきたのは「やってけれ。頼みます」。岩手県陸前高田市で交わした約束が、すべての始まりだった。
津市香良洲町の海産問屋「丸政商店」の店主、鯖戸(さばと)伸弘さん(52)は2011年7月以降、津市や東日本大震災の被災地で、復興支援のためのイベントを企画してきた。
中でも特に力を入れてきたのが、東北でのマグロの解体ショー。この10年間で8回開いてきた。きっかけは、ボランティアで訪れた被災地での地元の人との何げないやりとりだった。
12年6月、仲間と陸前高田市へ行き、草刈りをしていた。汗だくになって作業をしていると、郷土汁を振る舞われた。
「兄ちゃん、お仕事は何をしているの」。休憩中、仮設商店街「未来商店街」の役員を務める男性から話しかけられた。そのとき、会話が弾んだことで、あの約束につながる。
そして13年1月、ついに約束を果たす日がやってきた。50キロほどのキハダマグロを名古屋市の市場で仕入れ、そのままレンタルバスで10時間以上かけて陸前高田市へ向かった。
会場は、商店街に用意された仮設テント。ショーが始まると、100人以上がテントを囲むように集まってきた。携帯電話のカメラで写真を撮る人や、「頑張れ」と声をかける人。みんなが食い入るようにショーを見つめる。
マグロに包丁を入れるたびに、「おお」「すごい」と歓声が上がった。解体されたマグロは、商店街に店を構えるすし職人が握り、その場で振る舞われた。
ショーは大盛況で幕を閉じた。何よりも、あのときの約束が達成でき、喜びでいっぱいだった。
昨年はコロナ禍で中止、今年こそ
それから年に1度、被災地でマグロの解体ショーをするようになった。岩手県だけではなく、宮城県や福島県にも行った。さらに、津市でチャリティーイベントも開いてきた。
震災をきっかけに、地元でのつながりも深まった。特に、10年間ともにイベントを企画してきた約20人の仲間たちとの絆は深まったと感じている。
苦に思ったことは一度もない。どうしたら喜んでもらえるのか、ずっと被災地支援のイベントのことばかり考えてきた。
だが、昨年は新型コロナウイルスの感染拡大で、東北でのマグロの解体ショーや、津市でのイベントが中止に追い込まれた。今年は震災から10年の節目の年。目線を変え、振る舞いではない別の形でのイベントに挑戦するつもりだ。
もちろん、「食」のイベントも、これまで通り続けたいと考えている。おいしいものを食べると、みんな笑顔になるから。(岡田真実)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル