芸人を取材するたびに、気になることがある。においだ。
体臭ではなく、まとっている雰囲気のようなもの。芸能界のオーラを漂わせている業界人なのか、誰も傷つけないアットホーム派か、競技としての笑いを追求するアスリート系か。
カオスな空気感
笑福亭鶴瓶(69)の場合は、ふるさとの街のにおいがする。商人の街大阪土着の、濃くてカオスな空気感。いつ何時、誰にでも腰の低い商売人風情。とっくに国民的芸人となっているのに、珍しいと思う。
映画「バケモン」には、鶴瓶らしさが表れている。鶴瓶を17年間追い続ける山根真吾監督(62)によるドキュメンタリーで、鶴瓶と落語「らくだ」の関係を描いた物語。本人が映るシーンはもちろん、本人不在の場面さえ、人となりが浮き彫りになる。
子ども時代を過ごした大阪の下町のカットもその一つ。開けっぴろげで壁の低い感じが、芸人のふるさとらしさを物語る。
以前、別の映画で鶴瓶を取材し、住んでいた長屋について話してもらったことがある。それはまるで落語のようで、たとえば近所にお腰(下着)のまま歩いてくるおばあちゃんがいたり、テレビを泥棒みたいに安くくれるおっちゃんがいたり。銭湯では、「ちゃんとリンスしいや」と入れ墨のやくざが子どもに声をかけていたとか。
雑多な世界に驚いたが、この映画で鶴瓶の地元を見ると腑(ふ)に落ちる。
奮い立つ街のにおい
映画には出てこないが、初舞台を踏んだ場所もそう。松竹芸人の登竜門的劇場だった新世界の「新花月」。その日暮らしや酔っ払いの多い街中にあり、劇場の周りは強烈なにおいだった。糸井重里との対談で、鶴瓶はこう語っている。「そういうところで育っとんねや、ほんまに」「そこの臭いのところに行くと、自分は、また奮い立って何かをしようって思う」
街の住人もハチャメチャだったらしい。マジックで眉毛を描いているのにパンツははいていないおばちゃん、そんなおばちゃんに求婚しているおっちゃん。串カツ屋の犬がしょっちゅう姿を消しては新入りの犬が入ってくる。駆け出し時代の鶴瓶は、そういう混沌(こんとん)としたにおいにもまれ、大衆を笑かす術を学んでいった。
この映画のもう一つの主人公…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル