「赤ちゃんの頭のにおいって知ってる?」。神戸大大学院理学研究科の尾崎まみこ教授(64)から、電話で尋ねられた。子どもはおらず、赤ちゃんを抱っこしたことすらない。聞けば、赤ちゃんの頭のにおいを化学的に解明し、再現したらしい。何のためなのか。興味をそそられ、神戸市の山の手にあるキャンパスへ向かった。
尾崎さんに連れられて訪ねた大教室。学生たちが何やら紙をくんくんとかいでいる。赤ちゃんのにおいを模した香りが、染みこませてあるという。私もかいでみた。なんだか甘いにおいだ。
においのイメージを、11段階でアンケート用紙に記入する。数字が大きい方が「当てはまる」という意味だ。「好きだ」は「7」、「えぐい」は「3」、「果物のような」は「9」と選んでいった。
本物の赤ちゃんのにおいは、浜松医科大学の協力を得て採取した。赤ちゃんのストレスにならないよう、においを吸着するビーズを頭にのせ、ネットをかぶせて固定した。
お母さんのおなかの中で赤ちゃんを守る羊水のにおいが、赤ちゃんの頭にうつった可能性を考え、羊水も採取。アルデヒド類や脂肪酸など37の成分が判明したが、羊水と頭のにおいの成分は、大きく異なることがわかった。
尾崎さんは、もともとアリの「フェロモン」に関する専門家。危険なヒアリが寄ってこないようにする忌避剤も開発した。人間を研究対象にするのは今回が初めてだ。
自身の子育ての際は、わが子のにおいをかぐ余裕はなかったが、他の研究者に「赤ちゃんのにおいって良いですね」と言われ「赤ちゃんに触れた際、優しい気持ちになるのはにおいのおかげかも」と思ったのが研究のきっかけだ。
赤ちゃんのにおいが親の愛着に影響を与えるのか。親はにおいで我が子を区別できるのか。今後の研究テーマも、次々に浮かんでいる。「将来、においを使って、育児放棄を防げたらいいなと思う」。朗らかに笑う尾崎さんが研究成果にかける期待は、想像以上に大きかった。(鈴木智之)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル