ねだるな
勝ちとれ!
9月4日に行われた東関東吹奏楽コンクールで、千葉県の名門、習志野市立習志野高校吹奏楽部が代表に選ばれた。通算34回目の全日本吹奏楽コンクール全国大会出場になる。だがその道のりは、「常連校」に約束された平坦(へいたん)なものなどではけっしてなかった。
192人という大所帯の吹奏楽部の副部長、「ナツ」こと大出夏穂は、フルート奏者として東関東大会のステージに立った。
コンクールメンバーである「Cメン」になったのも、全国大会に出場するのも今年が初めて。それはナツが強い気持ちで「勝ちとった」チャンスだった。
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ナツは小学校4年から吹奏楽部に入った。中学時代には1年と3年のときに全日本マーチングコンテスト全国大会に出場した。
2019年、あこがれていた習志野高校吹奏楽部に入部すると、希望していたマーチングメンバー「Mメン」に選ばれ、全日本マーチングコンテスト全国大会に出場して金賞を受賞した。
翌2020年はコロナ禍で一転。3月からの約3カ月は全国一斉の臨時休校となり、部活はおろか学校にも行けない日々が続いた。
「毎日練習してきたのに、急に何もなくなっちゃうなんて……」
自宅で楽器を吹いていたが、部活のようには身が入らなかった。5月には全日本吹奏楽コンクールと全日本マーチングコンテストの中止が発表された。だが、習志野高校吹奏楽部では例年どおりオーディションが行われた。Cメン、Mメン、そして吹奏楽コンクールやマーチングコンテスト以外の大会を目指すチームの「Sメン」と、目標ごとにチームに分かれて活動するのだ。
オーディションは、複数の顧問が、誰が演奏しているのかわからないようにして行うカーテン審査だ。
「Cメンに選ばれたらうれしいな。でも、落ちてもマーチングがあるし」
ナツは内心そう思いながらオーディションに臨んだ。ひどく緊張して手が震え、うまくフルートが吹けなかった。審査の結果、Cメンには選ばれなかった。
「私、甘かったのかも……」
休校期間中の練習も、「落ちてもマーチングがある」と思ってオーディションに臨んでしまったことも、後悔した。落ちたことによって、「Cメンになりたい」という気持ちがはっきりした。
「来年は絶対にCメンに選ばれるようにがんばろう。もう後悔したくない。今日から必死に練習していこう!」
そのときナツの頭に浮かんだコトバが「ねだるな 勝ちとれ!」だった。待っているだけ、ねだるだけではチャンスはつかめない。本当に欲しいものがあるなら、自分から「勝ちとり」にいけ!
ナツの心は燃えた。
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代替わりのときの部員の投票でナツは副部長に選ばれた。そして、高校3年の年をコロナ禍が収まらないまま迎えることになった。
前年のオーディションの日から、ナツは決して気を抜かずに努力を続けてきた。昼はお弁当を大急ぎで食べて練習した。上手な同級生に演奏を聴いてもらいアドバイスを頼んだ。できることはすべてやってきた。使える時間はすべて練習に使った。
5月のオーディション。課題を吹こうとしたときナツはまったく緊張していない自分に気づいた。昨年と違い手も震えていない。
「あ、いける。大丈夫だ!」
自信を持ってフルートを奏でた。そして、ついに念願のCメンに選ばれた。しかも、Cメンのリーダーにもなった。
初めてCメンの基礎合奏に参加して驚いた。
「上手な人たちの音ってこんなにすごいんだ……」
周囲から響いてくる美しい伝統の「習高サウンド」を肌で感じ、ナツは感動で震えた。
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今年の吹奏楽コンクールで習志野高校Cメンは大苦戦した。
8月5日の千葉県大会はシード演奏だった。指揮は前年に石津谷治法からCメンを託された顧問の織戸弘和。課題曲《吹奏楽のための「エール・マーチ」》と自由曲《楽劇「サロメ」より 7つのヴェールの踊り》を演奏したが、ミスが目立った。
(本当にひどかったな……。本選は大丈夫かな)
ナツは不安になった。
千葉県の高校A部門は、シードと県大会で選ばれた計18校が本選大会に進み、東関東大会の代表7校を選ぶことになっていた。その本選大会は8日後の8月13日だった。習志野高校の演奏は良くはなっていたが、満足のいくものではなかった。
かろうじて県代表に選ばれたが、全国大会出場をかけた東関東大会は、もっとも不利といわれる出演順1番になってしまった。
ナツは意を決してみんなの前で語った。
「時間がない中で、みんながもっと危機感を持ってやらないと後悔するよ。疲れていると思うけど、効率を意識してがんばろう!」
メンバーの前で「落ちるかもしれない」という言い方は絶対にしないと決めていた。しかし、家に帰ってひとりになったとき、「落ちたらどうしよう……」と不安に苛(さいな)まれた。副部長であり、Cメンのリーダーであるナツは、人知れずプレッシャーと戦っていたのだ。
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東関東吹奏楽コンクールの高校A部門は神奈川県横須賀市で開かれた。習志野高校のCメンは宿泊先で朝5時に集合し、練習をしてから会場のよこすか芸術劇場に入った。
朝イチのステージ。ナツ自身を含め、緊張した表情のメンバーが多かった。ところが、織戸の指揮で課題曲の演奏が始まると、心地よい響きが流れ出した。ナツは心の中で「よし!」とガッツポーズをした。自由曲の出だしでは、思っていた以上に自分たちの音がホール全体へ広がっていた。ナツは「あ、いけるかも」と思った。ミスはあったが、集中力も高く、「いまの状態の中ではベストが出せた」とナツは思った。
演奏後、不安そうな表情のメンバーもいた。ナツはリーダーとして「絶対大丈夫。信じて結果を待ちましょう」と力強く語った。
自宅で発表を待った。部の仲間からスマートフォンに「通ったよ!」とメッセージがきた。Cメンのサブリーダーからも喜びの電話がかかってきた。
「代表になれたんだ! あぁ、本当によかった!」
プレッシャーから解放され、ナツの目に涙があふれた。
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次はいよいよ全国大会だ。
東関東大会が終わった後、千葉県が緊急事態宣言下であるため、練習はまったくできていなかった。Cメンの練習再開は全国大会まで約1カ月となる9月23日からの予定だ。
ナツはこの期間を前向きなものにするため、メンバーに伝えた。
「全員の練習があるとなかなか個人の課題に向き合う時間が取れないし、逆にこういう状況だからこそ、それぞれが課題をつぶしましょう」
全国大会で目指すのは24回目の金賞だが、それよりも大事なものがある。Cメン全員が「やりきった!」「楽しかった!」と思える音楽を奏でることだ。東関東大会まではそれができていない。
ナツはリーダーとして、最高の演奏を「勝ちとり」にいく。(敬称略)
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10月24日に予定される第69回全日本吹奏楽コンクール高等学校の部をはじめ、コンクールのすべての演奏を、全日本吹奏楽連盟と朝日新聞社はオンラインでライブ配信します。会場への入場は出演関係者に限られ、入場券の一般販売はありません。配信の詳細は専用サイト(https://www.asahi.com/brasschorus2021/wbandcompetition.html?ref=article)をご覧ください。
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オザワ部長 吹奏楽作家。1969年生まれ、神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。自らの経験をいかして「みんなのあるある吹奏楽部」シリーズ(新紀元社)を執筆。吹奏楽ファンのための「吹奏楽部」をつくり部長に。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル