「これ握るの?」大将も食べてびっくり 「陸上寿司」の知らない世界

 初めて「おすしは、おいしいんだ」と思った衝撃は忘れられない。

 いなりずし、ハンバーグの握り――。魚が苦手だった作家の岸田奈美さん(30)は、小学生のとき、地元の兵庫県にオープンした回転ずし屋で「自分でも食べられるおすしがある」と驚いた。すしといえば、法事やお盆で親戚が集まった時に出前をとるイメージで、いつも玉子しか食べられるものがなかった。

 特に気に入ったのは、コーンをマヨネーズであえた軍艦。コーンの甘さと酢飯の酸っぱさが絶妙で、全皿これしか食べなくていいとさえ思った。

 だが、大人になってコーン軍艦に手を伸ばすと、「それ、子どもが食べるやつじゃん」と友人から笑われた。「損してるよ」「新鮮なおいしい魚を食べたことがないんだね」とも言われた。

 磯の香りや生臭さがダメなだけで、単に好みの問題なのに。

 好きなもんを食べて何が悪いと思いつつ、気恥ずかしくて「この味がたまに懐かしくなるんだよね」とごまかしてきた。

弱い心と向き合う

 作家という職業柄、出版の打ち上げやお祝いで銀座などの高級すし屋に行くこともある。コーン軍艦は出てくるはずもなく、特に苦手な光り物はほとんどかまずに流し込んできた。

 誘いを断るわけにはいかない。「回転ずしの方がいい」なんて、口が裂けても言えない。

 昨年5月のある日。1人で回転ずし屋に入り、いすに座った途端に涙があふれた。

 ツナマヨやコーン軍艦を前に、人前で堂々と食べられないことを申し訳なく感じた。世間では「お子様ずし」「ニセずし」「ザコずし」などと呼ばれるが、胸を張って「大好き」と言ってあげたかった。

 泣きながら食べている時、ふと「陸上寿司(ずし)」という言葉がひらめいた。対義語として、サーモンやウニなど海産物を使ったものを「海中寿司」、原料は海産物だが陸で著しく加工されるツナサラダやカニサラダなどは、「暫定陸上寿司(または水陸両用寿司)」と呼ぶことにした。

 海中寿司にも敬意を払いながら、陸上寿司の地位向上を目指そう。

 さっそく友人に電話をしたら、いいねと賛同を得られた。SNS上に「陸上寿司愛好会」のアカウントを作り、商標も登録。11月1日の「すしの日」、「陸で獲(と)れたネタをおおっぴらに愛そう」をキャッチフレーズに公式サイトを作った。

 入会は、ツイッターインスタグラムなどで「#陸上寿司愛好会」をつけて、「陸上寿司への愛」を公言すればOK。活動規約は、主に次のように定めた。

・陸上寿司への無意識な抑圧(寿司差別)と、他者を気にして陸上寿司を正面から愛でられない己自身の弱き心と向き合い続けます。

・寿司界のメインストリームである海中寿司を憎しみで引きずり降ろし、取って代わりたいわけではありません。

・会員には海中寿司ならびに海中寿司愛好家への悪口や批難などを、かたく禁じます。

 11月に1カ月間、好きなネタをネット上で投票してもらう「陸上寿司総選挙」を実施したところ、約2千票の投票があった。1位は納豆、2位はマヨコーン、3位は玉子。今後は、コロナ禍が落ち着いたら全国で陸上寿司を一緒に食べるオフ会を開くなどしたいという。

 海外では生魚を食べる習慣がない国もあり、岸田さんの友人には修行僧で精進料理しか食べられない人もいる。「誰もが後ろめたい気持ちにならず、好きなものを好きなように食べられるような社会になってほしい」と岸田さんは話す。

大手チェーンも「研究」

 大手回転すしチェーンも近年、「陸上寿司」に力を入れている。特に、肉を使ったメニューの開発には各社しのぎを削っている。

 「くら寿司」では、15年ほど前からイベリコ豚や牛カルビの提供を始め、2017年に肉専門のバイヤーを雇用した。豚の角煮の握りや、チキン南蛮風の軍艦など、毎月新作メニューを約20種提供するうち、2~3種類は「陸上寿司」という。

 「はま寿司」では、肉の買い付けや商品開発に詳しい社員が10人ほど集まって、19年に「肉握り研究所」を発足させた。黒毛和牛の握りを110円(税込み)で出したり、イチボやザブトンといった希少部位もメニューに入れたりできるようになったという。

 全国の回転ずしを食べ歩き、「回転寿司評論家」として活動する米川伸生さん(55)は、「以前は『陸上寿司』は小さな子ども向けだったが、今は各社大人向けに商品を開発するようになって、味も格段に良くなった。海外では、巻物にドライフルーツやクリームチーズを入れるなど、それぞれの国の風土に合わせてローカル化している。魚をのせるだけが『すし』じゃない」と分析している。

■これ握るの?…

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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