「民意の偽造」に捜査のメスが入った愛知のリコール署名運動。地方自治法違反(署名偽造)の疑いで逮捕された4人は、佐賀市内で多数のアルバイトに偽造を指示したとみられている。動機や背景に何があったのか。
過去の偽造事件の現場を訪ねると、署名集めの情熱と「代筆」の容易さがあいまって、不正の誘惑に負けた当事者がいた。
赤城山のふもと、渡良瀬川の清流沿いに静かな町並みが広がる。群馬県の旧大間々町(現みどり市)。2005年、市町村合併がきっかけとなった町長への2度目のリコール運動で不正が発覚し、同法違反容疑で町議2人が書類送検された。
「何回行っても留守で、『めんどくせえっ』て。電話で意思確認して代わりに書いた分もある」
罰金刑を受けた元町議の男性(79)が取材に応じ、当時を振り返った。
玄関先で署名してくれた住人女性から「うちのおばあちゃん、いま留守だけど、賛成派だから」と言われて代筆した。お店に署名用紙を置き、店主が客に署名を呼びかけた。
必要数を超える6千筆以上が集まった。だが町長の異議申し立てを受けた町選挙管理委員会が調べると、同意を得ない代筆や、署名集めができる「受任者」ではない店主が署名を集めた事例などが見つかった。
「完全には偽造じゃないと思ったんだけど……」
270人分が無効とされ、必要数を割り込んだ。
「焦りがあった」「苦い思い出」と語る元町議。愛知の事件の受け止めを聞くと、「なんでアルバイトまで頼んで偽造しないといけないのかなと。あまりにも署名が集まらなかったんだと思う」と話した。
リコールを呼びかけた住民団体の元会長(74)にも話を聞いた。
「署名をもらうことに夢中になって、誰もが、きちんとやるとか、何が不正かということが、頭から抜け落ちていた」と話した。
そして「自分の所でも不正があったから言い訳がましいけど、リコールは権力者を引きずり下ろせる、民主主義の最後のとりで。なのに世間から信用されなくなってしまう。バカなことをやってくれた」と語った。
埼玉県本庄市では1965年、市長へのリコール運動をめぐり複数の逮捕者が出た。
当時の報道によると、住民票などから有権者の氏名、住所などを引き写したとされる。提出署名の8割近くが無効となった。
当時のことを知る人は少なかったが、運動員の親族の女性に会えた。今春、報道機関の問い合わせで事件を知ったという。
「逮捕歴があるとは聞いていたが、生前詳しく語ることはなかった。本人にとっては思い出したくない、苦い過去だったのかなと思う」と話した。(山下寛久、松島研人)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
Leave a Comment