核家族化や少子化、未婚化など社会の変化とともに、葬儀のスタイルも変わってきた。将来のお葬式の姿はどうなっていくのだろう。東京・下町の葬儀場を舞台に、大切な家族を亡くした様々な遺族、その思いをつなごうと心を尽くそうとする葬儀場スタッフたちの姿を描いた小説「ほどなく、お別れです」(小学館)シリーズの作者、長月天音(ながつきあまね)さんに話を聞いた。
――小説を書こうと思われたきっかけは何だったのですか。
「2016年9月、夫を亡くしました。5年にわたるがんとの闘病生活の末でした。夫は当時39歳で、もうちょっと生きていたら40歳でした。なぜこんな理不尽な思いをしなければならないのか。当時、東日本大震災をはじめ、身内を亡くして苦しい思いをしている方々の本を読み続けました。つらい思いをしているのは自分だけじゃないと思うことで救われる部分があると思うのです。自分もそれをやってみたい、同時に自分のために書くことで自分自身が救われるんじゃないか、という気持ちになったのです」
小説執筆と葬儀場アルバイト経験
「学生時代に大学2年生から4年生まで葬儀場でアルバイトをしました。私が担当した仕事は、小説の主人公の清水美空と同じように、ご遺族の案内や食事の配膳、式場の掃除や開式の準備、時には焼香案内をすることもありました。葬儀場での全体の流れも把握し、就職先の一つとしても考えました。夫を亡くして絶望していた時、この感情をそのまま終わらせたくないと小説を書くことを考え始め、学生時代のアルバイトの経験を生かしました」
――小説の1作目で、葬儀場への就職を決めた主人公の両親のところに葬祭ディレクターが説得に訪れた際語った言葉が印象的でした。「もっと明るい職場で働いてほしいと思われているかもしれません。ですが、決して希望のない仕事ではないのです。大切なご家族を失(な)くし、大変な状況に置かれたご遺族が、初めに接するのが我々です。一緒になってそのお気持ちを受け止め、区切りとなる儀式を行って、一歩先へと進むお手伝いをする、やりがいのある仕事でもあるのです」。これは長月さんが直接、学生のアルバイト時代に聞いた言葉なのでしょうか。
「いいえ。絶望しているときに、そういうふうな人が寄り添ってくれたら遺族はどれだけ救われるだろうと、そんな思いから生まれてきた言葉です」
――主人公の美空の次の言葉が心に残りました。「どんな人でも、生まれてきたからには、いつかは死んでいく。どれだけ医療が進歩したとしても、人間には必ず終わりがある。残された人たちは死者を悼(いた)み、悲しみ、そして見送り、時に生について考える。連綿と続く人間の悲しみの感情は、時代も何も関係なく、ずっと同じようにこれからも変わらないだろう。そんな人間の根幹的な部分を受け止める空間が坂東会館だった」。社会が変わっても変わらないものがある、ということでしょうか。
「私の場合、大切な人という…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル